うそつき

絶対にそれがうそだとまではいわない。

むしろ長い目で見れば、事実と合っていることの方が多い。
それは誰もが認めることだろう。

けれど、このことをわざわざ口にする人たちはみんなうそつきだ。
どう言葉を飾ろうとも、自分の愚かさに口元がゆがむにちがいない。

だが、あえて声を大にして言おう。

「私は今声を出していない」と。

いちご味

世の中にはいろいろなほめ言葉があるけど、
個人的にいちごに対してだけ使う最高の賛辞があります。

いちご味。

「このいちご、いちご味やん!」

こんな風に使います。

ぶどう味のぶどうやバナナ味のバナナという言葉はなくて、
あえて言うならすいか味のすいか飴があるぐらいです。

目には目を。
歯には歯を。
いちごはいちご味のを。

姫路市民

最近職場で誰かが

「私、今日姫路市民になってん。」

といっていました。

姫路市は政令指定都市になるために、周りの市町村を合併して
人口を取り込んでいて、姫路市じゃなかったところがどんどん
姫路市になっていってます。

サヘル地域では砂漠化が進行しているそうやけど、
播但地域では急速に姫路化が進んでいるのです。

姫路に住んでもうすぐ5年。

車庫証明に使う車庫は住民票の住所から2km以内にないといけない
という法律があるそうで、今日住民票を奈良から移して心身ともに
姫路化の波に飲まれました。

くるまがらみ

申し込んでいたETCのカードが届きました。

なんと後日もう1枚届きます。
両手に花です。
同時使用で通行料金も2倍です。

実家に新しい車が来るのは4月26日に決まったようです。

なぜかはわからないけど、SD(Safe Driver)カードも届きました。
運よく10年無事故無違反だったので、免許だけじゃなくてSDも
ゴールドになりました。
鬼に金棒です。

そして今月は土日もほぼ休みがないことが決定しました。
車が取りに行けません><

補完

個人的な日記を1999.12.31につけ始めたけど、これより前のできごとも電子データとして残そうという試みをここでも何回かやってます。

それよりあとでも、例外的に2001.06.01~2001.07.13の期間の記録だけは、事情があってちゃんとした形では残っていません。

この空白部分の復元をそろそろやっておかないと、永久に消えてしまいそうなので、これからしばらくちょこちょことここに書こうかなあと思っています。

書いた日記は、この日記にトラックバックしておくので、そこからたどれるようになります。

クッションとしてのタイ

メモはもうないけど、間接的な手がかりを元に思い出します。

2001.06.01~2001.07.13の時代背景

5月に就職が決まって、その次の4月までの約1年間自由な時間ができました。

その1年、半年かけてアフリカを縦断し、残りの半年で南米へ行こうとぼんやり考えていました。

まずはアフリカ。

いきなり知らない国へ飛び込むのはこわいので、やや行き慣れてるタイへの片道航空券を買いました。

2001.06.01

★初の中東へ

関空から行ったはずなんやけど、まったく関空の記憶がないです。バンコク(タイ首都)にはお昼過ぎに着きました。

タイの次にどこに向かうかを決めるために、バンコク中央駅の近くのツーリストオフィスに入ります。

アフリカの国に直接飛行機で入るつもりはなくて、少し北から陸路でというのをなんとなく思っていました。

そこで2か国目として白羽の矢を立てたのがトルコ。トルコ行きのフライトを予約しようとしたら、それがバーレーンを経由する便になるそうです。

バーレーンか・・・全然知らん国やな。

それならトルコに行かずにバーレーンで降りて、そこから陸路でもいいなあと言うと、バンコクにはバーレーンの大使館がないからビザがとれないということを言われた気がします。

(バーレーンのビザは空港でとれます。それ以前にバーレーンからは陸路で国外には出られないので、今思えば行かなくて正解でした。)

それならその周辺でビザのとれる国に行こうということで決めたのがオマーンでした。タイを出発する日は10日後の6月11日に決まりました。

★さすらいの美容師

町で何歳か年下の日本人の男の子(Kくん)と出会いました。ATMの使い方がわからないから教えてほしいというシチュエーションだった気がします。

Kくんは美容師の修行中で、代官山のboyというお店で働くことを夢見ていました。そのためには人間的な豊かさを身につけなければいけないということで、インドへ行くのだと言っていました。

Kくんとはそのあと数日いっしょに行動することになります。

サルのいる町

回想シリーズ第2夜。

当時メモ帳をなくした直後、使い古しの紙の空きスペースに「何月何日は何があった」と1か月ちょっとのことを1日1行ずつ思い出しながら書いた走り書きをベースにしてます。

そのときメモ帳は4冊目までいっていたので、それだけの分量はさすがに復元できないけど、「ふつうなBBS」でやっていたリアルタイム報告ぐらいの粗さで戻せたらいいなと思っています。

2001.06.02

こちらはオマーンへ行くフライト待ち。Kくんはインドへ行くフライト待ち。

どちらから言い出したのか、どうやって決めたのか思い出せないけど、2人でバンコクの北方にあるロッブリーというところへ行くことにしました。

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ロッブリーは、そこらにサルがいっぱいいる遺跡の町。

Kくんがタイのガイドブックを持っていて、そこに載っていたASIAホテルというところに泊まったということだけは覚えているけど、この日に何があったのかはほとんど覚えていません。

ホテルまでの道がわからなくて、優しいおねえさんに教えてもらったことぐらい。

いったい何に乗ってロッブリーに行ったんだろう?

コンビニで売ってる巨大な氷のかたまりを持って、冷房の効いてない電車に乗ったような気もします。

2001.06.03

ロッブリーを歩いていると、なにやら儀式をやっていました。

そこで出会ったのが、タイ航空のスチュワーデスをやっているというユイさんと、そのだんなさんのビッグさん。

ふだんはバンコクに住んでいるけど、お盆(?)のような行事で帰ってきているのだそうです。

何か伝統料理をごちそうになった気がします。

とても感じのいいご夫婦でした。だんなさんは竹中直人に似ていました。

電話番号を教えてもらったり、いろいろおもしろい話を聞かせてもらったけど、そういう情報もなくなってるのが残念です。

2001.06.04

ロッブリーからバンコクへ戻ってきました。

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美容師志望のKくんは、海外で散髪をしてみようということで、床屋で髪を切ってもらっていました。

98550015

安いのに意外とまとも。

せっかくなので、自分もKくんに宿で髪を切ってもらいました。

今旅行セットの中に赤いくしがあるけど、それはこのときに買ったものです。

宿のすぐ横がコンビニだったので、そこで氷とお酒を買って部屋でささやかに乾杯。

Kくんはこれがタイ最後の夜です。

タイ出国前日まで

回想シリーズ第3夜。

自分のいた場所はだいたいわかるので、そこから連想できるものはなんとか思い出せます。

でも、場所とかそこでのできごとと直接関係のない物思いのようなものはまったく思い出せないことに気がつきました。

2001.06.05

その日インドに発つKくんをバンコクの空港まで見送りに行ってきました。

インドは・・・ほんまいろいろ気いつけなあかんでぇ~!

(その後Kくんは、インドでいろんな出会いがあったようで、とてもいい旅ができたそうです。帰国後に大阪で会ったときには、今度ロンドンへ留学に行くといっていました。もしかしたら今は代官山のboyにいたりして。今度機会があったら行ってみようかな。)

こちらはまだ出発まで日があるので、まだ行ったことのないタイ北部のチェンマイという町に行ってみることにしました。日本で言えば、バンコクを東京とするなら京都のようなところです。

夜行バスで一晩かかって、早朝にチェンマイのバスターミナルに着きました。

2001.06.06

宿の近くにレンタサイクルのお店があったので、自転車を借りて町はずれにある動物園を見に行ったりしました。

旅先でまともにネットカフェを利用したのって、ここが初めてだった気がします。

この1回前の旅行で、カンボジアかベトナムのネットカフェに入ったとき、Hotmailがあまりに重すぎて使い物にならなかったということがありました。

メジャーどころだからアクセスが集中して重いんだろう。だから今回はマイナー系で行こう。

ということで、この旅行のためにSupermailというところにアカウントを作っていました。
(このサービスは今はもうないようです。)

これがあとで裏目に出ることになるとは・・・

2001.06.07

チェンマイ2日目。

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ゾウに乗って山を登ったり、イカダみたいなので川を下ったりするツアーに参加しました。

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少数民族の村にも行きました。

このイカダ、竹の棒みたいなので川底を突いて方向転換したりするのですが、えいっと突いた拍子に岩の間に棒がはさまってしまいました。

棒は突き刺さっていても、イカダは流れで先に行こうとします。なんとか抜こうと棒をつかんでいたら、足場を失ってどっぱーんと川に落ちてしまいました。

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自分以外みんな白人さんばっかりやったけど、これはずかしいで~。何はともあれ、足がつく深さでよかったよかった。

全身ずぶ濡れのはずやけど、この日夜行バスでバンコクに帰っているようです。どこで乾かしたん!?

2001.06.08

ちょっと勘違いしていました。

タイを出るのが11日に決まったと初日に書いてしまってたけど、どうやらもともとはこの日かこの次の日が出発だったようで、それにあわせてチェンマイから戻ってきていたようです。

予約していたチケットを取りにツーリストオフィスに行ったら、フライトが11日に延期になったと言われました。

たぶんこのときに、オマーン行きの便がスリランカを経由すると知らされた気がします。

バンコクはごみごみしていて、数日過ごすのには向かないので、ちょっとはずれのアユタヤに逃避行。

バンコク市街から見ると、アユタヤって空港の向こう側にあるので、バンコクに寄らずに直接空港に行けるのがいいです。

2001.06.09-10

夜にいちいち返しに行くのも面倒なので、9・10・11日の3日分フルで自転車を借り切りました。返したあとに、バス停まで長い距離を歩かなくていいように、バス停の近くで借りました。

そして宿は川沿いの静かな地区で、ごはんに困らないように市場の近くにとりました。

暑い中、遺跡の中をひたすらサイクリングな2日間。

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あまり印象に残ってないけど、今から思うとうらやましいぐらいぜいたくな時間の過ごし方やね。

バイクを洗う

冬から最近にかけて水が冷たくて、バイクの洗車をひさしくサボってしまっていました。

カーピカランドはあってもバイクピカランドはないもんなあ。

寒くても全然乗らないってことはなかったけど、ほこりをかぶった状態でそのまま乗ってしまってて、指でミラーに字が書けそうなぐらい。

今日は春の陽気だったので、ぞうきんをぬらしてひさしぶりにバイクのふき掃除をしました。

ガソリンもなくなりそうだったので、ひさしぶりに給油。

記録によると、前回の給油は去年の7月でした。半年以上前やん!

その間に同じお店のガソリン代がリッター114円から126円に上昇。

ああ、昔は・・・

というわけで、回想シリーズ第4夜。

2001.06.11

タイを出るため、アユタヤからバンコクの空港へ行きました。

夕方発の便だったけど、昼間にタイの通貨を使い切ってしまったので、めっちゃひもじい空港生活です。ジュースも飲めません。

スリランカでは2泊分の時間があります。こちらが意図しない滞在だったからか、どこかに泊まれるバウチャーチケットというのをもらっていました。

・・・と言われても、これってどうやって使ったらいいの?

宿で見せても「何だそれは?」と言われそうな気がします。どのぐらいの影響範囲のものなのかが文面を見てもよくわかりません。

そもそもコロンボ(スリランカ旧首都)の空港に着いても、どうやって町に出たらいいのか。しかも着くの夜中やし・・・なんかコロンボって、あんまり治安ええことないって聞いたことあるなあ・・・

コロンボ行きの飛行機はすいていました。

すいている割に、いい飛行機でした。全部の席に液晶モニターがついていて、ボタン操作で飛行機の下についているカメラの映像に切り替えられたりします。

なんとかスリランカの情報を集めないといけないので、近くの席に座っていたおっちゃんに思い切って話しかけてみました。

ラッキーなことにスリランカの人でした。名前はアズィーズさんといって、この航空会社(エアランカ)のパイロットをしてはるそうです。

いろいろスリランカの話を聞いていたら、
「コロンボの近郊に家があるから、よかったら泊まって行きなさい。」
と言ってもらえました。

助かった・・・

コロンボの空港には、車でお迎えが来ていました。

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町はずれの住宅地のようなところにマンションがあって、その一室がアズィーズさんの住まいになっていました。

ソニーのテレビがあって、浴室が広くて、スリランカではとんでもない上流階級の家なのだと想像します。

居間でみんなで川の字になって寝たけど、窓を開けているので蚊が入ってきて眠れませんでした。もちろんそんなわがままが言える身分では決してないです。

セイロン島の記憶

回想シリーズ第5夜。

2001.06.12

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アズィーズさんの家でスリランカ最初の朝を迎えました。

この国に来たのも何かの縁なので、短い間やけどできるだけいろんなところを見ておきたい。そう話すと、アズィーズさんの息子のラジャくんがいろいろ案内してくれることになりました。

ただで泊めてもらって、ただでごはんもごちそうになって、昨日からお世話になりっぱなしで申し訳ないので、ここからはお金を払ってこちらが依頼するという形にしてもらいました。

スリランカはインド沖の島国です。大きさは九州と北海道の間ぐらい。

コロンボは西海岸にあって、島のまん中あたりにキャンディという町があります。そこに親戚のうちがあるそうなので、今日はそこに泊めてもらうことになりました。

キャンディへはひたすら山道。道もうねってるし、ラジャくんの運転もちょっと荒いので酔う酔う><

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途中で象の孤児院だというところに寄ると、日本からの団体ツアーのご一行さんを発見。

もしこちらが困っているときだったら、「助けて~!」と泣きつくところやけど、残念ながら困ってなかったのでスリランカ人のふり。

あと、鉱物の博物館に寄って、

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最後はキャンディの植物園に到着。

その日泊まったのは、近くにつり橋のある川沿いの静かな家でした。

スリランカ式の甘いコーヒーをいただきました。高校生ぐらいの娘さんが感じのいい子でした。おばちゃんも優しかったです。

2001.06.13前編

早くもスリランカ最終日。

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キャンディにはブッダの歯があるという寺院があって、そこでは5年に1回だけその歯を公開しているのだそうです。

もしかして今日がその日!?と思ったらちがいました。ぎりぎりのところまでは行けるけど、そこで終わり。

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もうあとはあのくねくね道を半日かけて酔いながら帰るだけ。

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ラジャくんにはそのままコロンボの空港まで送ってもらいました。ありがとう!

スリランカは地理とかで習うから、いわれもない安心感がちょっとあるけど、オマーンってほんまどないやねん!

また着くのが夜中なので、とりあえずコロンボの空港で現地通貨だけは先に手に入れておこうと思ったけど、レートは出てても両替はできず。妙にでかい数字なのが不気味です。

当時どのぐらい中東に対する知識があったのかはわからないけど、オマーンほど着く前が怖かった国はないです。

・・・あれ?バウチャーチケットどうしたっけ?

甘くないマスカット

今日脳トレで四字熟語をしようとしたら、

「もう全問達成しました。」

と言われてプレイできなくなっていました。

英単書取がまだできるってことは、実はまだ1周してなかったんかな?

さびしいけれど、回想シリーズ第6夜。

2001.06.13後編

夜のマスカット(オマーン首都)上空より。

えーっと、あのへんが町で、あれが空港かな?わかってはいるけど、歩いていける距離じゃなさそうやなあ。

着陸後、空港の荷物チェックで蚊取り線香が見つかって、「これは何だ!」と。

ええ、この国にはいないのかもしれませんが、この世にはモスキートという昆虫がおりましてですね・・・かくかくしかじか。

「もういい!」

どこで知り合ったのかは忘れてしまったけど、コロンボから同じ便に乗っていた若いにいちゃんに、マスカットのことをいろいろ聞いていました。

DJをやってる友達が車で迎えに来るということで、これまたラッキーなことに町まで送ってもらえることになりました。

イスラムらしからぬちゃらちゃらした雰囲気です。

とにかくやっすいホテルへ頼むぜ!

「ここは安いぜ!」と最初に着いたのは1泊1万円ぐらいのホテル。

まじで!?なにこの国の物価は!?

今まで行った国で泊まっていたところは、だいたい1泊500円ぐらい。移動さえしなければ、1か月3万円ぐらいで暮らせてました。

ここまでずっと片道航空券で来てるので、お金がなくなったら即帰国不能になってしまいます。

ええ!ちょっと待って、ほんまにもっと安いとこないの!?

本当はそんなわがままを言える身分じゃないけど、あと何軒かまわってもらって、1泊2000円ぐらいのところを見つけました。

まだ高いけど、夜も遅いししゃあない!にいちゃん、助かったわ~!

これでもふだんの4倍の早さでお金が減ることになります。

早くこの国を出なければ・・・

日差しの強い暗中模索

今日は枕ことばもなく、回想シリーズ第7夜。

2001.06.14

オマーン最初の朝です。

一般的にどこでも1日で一番気温が下がるのは、太陽が出ていない時間を一番長くためてる日の出前やけど、ここは日の出前でも外は36℃ありました。

・・・

ここはマスカットのどこなんだろう・・・
ここから行けるところはどこだろう・・・
この国にはどんな交通機関があるんだろう・・・

もし今泊まっているCamiliaホテルをチェックアウトしてしまったら、部屋が埋まってここに戻れなくなったときに、1泊1万円ぐらいのところしか選択肢がなかったりするかもしれません。

かといって野宿なんてしたら、脱水症状で目覚めなくなりそうです。

とりあえず今日もここに泊まることにして、安いところがあっても移るのは明日以降にしよう。

(結局ここより安い宿はマスカットでは見つかりませんでした。ここでは旅行者をまったく見かけなくて、宿泊施設自体がほとんどないのです。)

ほかにいろいろ調べないといけないことがあるけど、今だれもゆっくり相談に乗ってもらえる相手がいないのがつらいです。

ホテルのカウンターの人はそっけないし、

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観光地じゃないから客引きもいないし、

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外が暑すぎて遊んでる子供もいないし・・・

めっちゃ物知りである必要は全然なくて、バスの乗り方とか、どこに何があるとか、ここに住んでいれば当然知っているようなことでもいいので、親身になって話してくれる人がいてくれたら・・・

とにかく徒歩圏内で行動範囲を広げながら、地道に調べ物をするしかないです。

★今日の成果

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長距離バスで、オマーン内のサラーラという町に行けるらしい。
同じく、アラブ首長国連邦のドバイという町へも行けるらしい。
船の情報は得られず。

あと、デパートやスーパーを発見。ホテルの部屋の冷蔵庫に、飲み物を買い込みました。

日本から持ってきた1冊目のメモ帳がもう終わりそうだったので、この日2冊目を買っています。

Google Calendar

今日やっとGoogle Calendarが公開!

いろんなできごとを時間を軸に切り出すアプリになるのかなと思っていたけど、今のところふつうのスケジューラです。

ふだんパソコンでやってる作業で、Webに移したいと思っているのは

  • プライベート日記
  • メモ
  • 家計簿
  • 予定表

この4つで、これで予定表が全面Web化できそうです。

(Kikoとかも試してみたけど、もっさりしすぎて常用できなかった><)

家計簿や日記も日にひもついているので、こういうのを全部取り込めるようなものになってくれるとうれしいなあ。

「日記」というAll Dayのイベントを作成して、そのDescriptionの欄に今日のできごとを書けば、日記として使えなくもないか・・・

とにかくそういうことをやっていれば、今回みたいな回想はいらんかったのにね。
第8夜。

2001.06.15

オマーン3日目。

今日は金曜日です。日本での日曜日にあたるのが、イスラム世界の金曜日。

お店も閉まっているところが多いし、大使館なんかも今日は開いてません。

IT系の本とかソフトが置いてある小さいお店が開いていたので、そこに入ってみました。

店主さんは、物静かでちゃんと話を聞いてくれる人でした。インドの南の方からこっちに働きに出てきはったそうで、インドで身につけたチャイ屋のまねが通じました。

ようやくこの国で、相談できる人が見つかりました。

  • マスカットには大使館が集まっている地区がある。
  • 今日は閉まっているけど、ツーリストオフィスがこの近くにある。
  • タクシーには、シェアとエンゲージという2種類の乗り方がある。
    (エンゲージが日本と同じ乗り方で、シェアは相乗りOKという乗り方。)

などなど役に立つ情報をもらいました。

そして次に行く国を、海岸沿いに南に行ったところにあるイエメンに決めました。

★一期一会?

通りを歩いていると、イスラムの国にしては珍しくひげを生やしていないお兄さんに声をかけられました。

「きみどこから来たの?遠くから見たら女の子かと思ったよ。きみ、かわいいね。」

不本意なほめられ方やな・・・

「ねえ、うちに来ない?」

こ・・・こわい・・・><

が、これも何かの縁かもと思ったので、ついて行ってみました。

けっこう高級そうなマンションの1室がその人の家でした。新聞記者をやっているとかで、ここのほかにも家があるそうです。

部屋にはMacが1台ありました。

そういえば、アユタヤ以来メールしてないなあ。

ということで、ちょっとネットを使わせてもらいました。

「今日はここに泊まっていかない?」

・・・!?
・・・明日以降なら宿代が浮く・・・!!

けど、何かえらいことになりそうなので、丁重にお断りさせてもらいました。

あなたならどうする?

オマーンを出る準備

Google Calendarに、祝祭日のカレンダーを取り込みました。
(Add Other Calendar>Holiday Calendars>Japanese Holidays)

別レイヤーで管理できるのが便利!

こういうふうに、姫路のごみの日一覧を、姫路市がGoogle Calendarで公開してくれたら、いちいちポスター見に行ってメモせんでも済むのになあ。

ということで、ごみの日カレンダーを自作。ほかの人が取り込めるように公開もしておきました。あんまり意味ないかも。

そんなこんなで回想シリーズ第9夜。

2001.06.16

オマーン4日目の土曜日。

イスラム世界で土曜といえば、日本でいう週明けの月曜みたいな日です。

今日は公の施設が開くので、ビザ申請をしにイエメンの大使館へ行ってみることにしました。

オマーン初タクシー。シェア(相乗りOK)でもよかったけど、エンゲージ(相乗り不可)で走ってもらいました。

20分ぐらい(?)乗ってて着いたのが、小高い丘にある高級そうな住宅地の頂上あたり。

「イエメン大使の家」というプレートが出ていました。

へー。この国では、家で大使館業務をしはるんやー。アットホームやなあ。えーっと、ごめんください。

中で出迎えてくれはったのが、イエメン大使の奥さん。

「いらっしゃい。主人ならもう出勤しましたよ。」

・・・!?

ここは大使館じゃなくて、やっぱり看板通り家かいな!

と、わかったときには乗ってきたタクシーはどこかに行ってしまっていました。

車通りのない静かなところなので、待っててもタクシーは通りそうにないです。

丘から見下ろすと、はるか遠くの方にマクドナルドの看板が見えました。

あそこまで行けば・・・

・・・

★イエメン大使館

防弾ガラスばりのカウンターなんかもなく、にこやかな雰囲気で大使さんと対面できるいい大使館でした。

「ビザは出してあげられるけど、道路が破壊されてて今は行けないよ。」

イエメンこわいよー><

★サウジアラビア大使館

サウジアラビアは、オマーンと陸で接している大国です。ここに入国できれば、国境越えなしに大移動ができます。

ここの大使館は入るときに金属探知ゲートがあって、ちょっと物騒な感じです。

ビザ担当は、閻魔大王みたいなおっちゃんでした。

「我が国は観光ビザなど発給しておらぬ!」

★エジプト大使館

これでアフリカに陸路で近づくという選択肢はもうなくなってしまったので、アフリカのはしっこに飛行機で入ろう。

ここの大使館は印象があんまりないです。

大使館地区にはお店がないので、のどが渇きすぎて意識がもうろうとなっていたからかも。

「ビザはカイロ(エジプト首都)の空港でお金を払えばとれるよ。ただし、帰国のチケットを持っていることが条件。」

オマーンから出られへんやん><

★日本大使館

すみません。オマーンから出たいんですけど、どこかいい国はないですか?

防弾ガラスばりのカウンターでクールなおねえさんがクールに回答するクールな大使館。

「さあ、わかりません。」

★エジプト大使館

走り書きによると、日本大使館のあとにここに戻ってきてるらしいです。

何かトリッキーな方法を思いついたからなのかも。でも、ここでエジプト入りをあきらめていることは確かです。

★イラン大使館

アフリカに近づかなくても、アラビア半島から出られればそれでいい!

イランは、ペルシャ湾を渡った対岸にある国なので、探せば船もあるかも。

ここは、水が飲み放題の感動的な大使館。飲みまくるよー。

飲んだついでに、すんなりビザ申請もできてしまいました。

ビザってパスポートにはりつけられるものなので、申請するときはふつうパスポートを預けるもんやけど、ここではパスポートが持って帰れました。

大丈夫?

再び大使館めぐり

今日はテレビでマトリックスリローデッドがやってます。

そういえばこんな動画あったね。みんな同じことを考えてるのか、今日は混んでます><

バーチャルではない回想シリーズ第10夜。

2001.06.17

オマーン5日目。

ホルムズ海峡は、北岸がイランで南岸がオマーンです。

そのオマーン側の町まで行けば、イランに渡る船も見つかるかなと思ったわけなのですが、あいにくそこは飛び地。

途中アラブ首長国連邦の領地を通らないとたどり着けません。

★アラブ首長国連邦大使館

「ビザは出してあげられるけど、国境を越えるのに通行許可証が必要で、それはオマーン住人じゃないと発行してもらえないよ。」

なんですと!?そらあかんやん。

(ずっとあとになって、その国境は通行許可証なんてなくても越えられたという話をある人から聞きました。大使館の人の話が嘘だったのか、この時期はそうだったのか。かのラブワゴンも平気で越えていてショック><ここはおまみが入院した国。)

飛行機を使ってしまうなら、イランじゃなくてアフリカに直接入ろう。

★ソマリア大使館

飛行距離を節約するために、近場の国ということでここ。イエメンの対岸あたりになります。

本当にこのときはアフリカの情勢がわかっていませんでした。

確かこの大使館は、大使館エリアじゃないところにありました。避暑地のコテージといったたたずまいの落ち着いた大使館だった記憶があります。

ソマリアに行きたいのですが・・・

「恥ずかしながら、私たちの国は今非常に危険な状態にあります。また平和になったときに是非来てください。」

と、にっこり握手をしてくれはりました。めちゃ紳士や~。

そして、

「アフリカに行きたいのでしたら、タンザニアが入国しやすいですよ。」

という情報を教えてもらいました。

ありがとうございます!ソマリアの内戦が1日も早く終わることをお祈りしています。

(日本に帰ってから、ソマリアの内戦について書かれた本を読みました。すべては先進国のせいなのか・・・)

★タンザニア領事館

タンザニア領事館を探すのは困難を極めました。誰も知らない。

最後は、パキスタン大使館の人が、タンザニア領事館の住所が書かれてある本を持っていて、それが決め手になってたどり着けたのを覚えています。

1Fが家具屋になってる建物の5Fの一室に、タンザニア領事館はありました。

「ビザは明日できますので、また取りに来てください。」

明日また・・・ここにたどり着ける自信がない><

何番かのミニバスに乗って、「なんとか地区のシェル石油でおろしてください。」でまた来れるそうです。

さっそく宿のあるルーウィ地区に戻って、ツーリストオフィスでタンザニア行きのチケットを手配しました。

片道も往復も同じ値段だということで、往復チケットにしました。

もうオマーンに戻ってくることはないから、どちらでもいっしょかな。とそのときは思っていたのですが、まさかあとでこの復路チケットのお世話になることになるとは・・・

アフリカへ

悩んで行動をしたことは、時間がたっても覚えているもんだと最近実感してるけど、たとえば自分の場合は大学2回生のときの記憶ってほとんどないです。

記憶に深く刻み込まれている1年間と、そうでもない1年間って、今の自分の中に生きてる重みとしてもちゃんと比例するんかな?

「生まれてから今までの年の中で、どこかの1年分だけなかったことにしてください。」

といわれて、たとえば大学2回生の1年をスコーンと抜いたときに、今の自分は大して変わらないと言えるもんなんかな?

そんなことも考えつつ、回想シリーズ第11夜。

2001.06.18

オマーン6日目。

タンザニア領事館にビザをもらいに行って、出国の準備は整いました。

出発は20日の深夜。正確には21日の1時か2時ぐらいの便だった気がします。

2001.06.19

同じところに1週間もいれば、半径1時間ぐらいは徒歩圏内です。

今日は散歩中に映画館を見つけたので、そこでハムナプトラ2を見ました。

客席には自分だけしかいません。

せりふはさっぱりわからへんけど、なんかでかいのがグワーングワーンってなってておもしろかったです。

2001.06.20

ついにオマーンも最終日。

ずっと相談に乗ってもらっていたソフト屋のおっちゃんのところにあいさつに行きました。

「アフリカでもよい旅を!」

・・・

異常なほど数字に詳しいおっちゃんに出会ったこと。

「お前、お金払ってないだろ!」と濡れ衣を着せられたこと。

KFCのレジにいたフィリピン出身のおばちゃんと「東アジア仲間やね~」と同盟を結んだこと。

お金の減りが激しいという不安にさいなまれながらも、今から思えば楽しい1週間だったように思います。

ソフト屋のおっちゃんに教えてもらったミニバスに乗って、ひさしぶりにマスカットの空港に戻ってきました。

・・・

黒人さんや・・・

インドやアラブの人も肌の色が黒っぽいから、そういう人は黒人とはちがうんかなあと思ってたけど、今目の前にいる人の黒さは本当の黒。

薄めると茶色になる色じゃなくて、灰色になりそうな色の肌をしています。

すらっと背が高くて、どこかの王族じゃないかと思わせるような風貌です。

うわ・・・今から向かうのはこういう大陸なのか・・・

空の上の話

ここ2日の間、うちのインクレページへのアクセスが異常に多いです。

どこか有名なサイトさんがリンク張ってくれはったんかなあと思っていたら、どうやらそれだけじゃなくて、検索で来はる人も多いのです。

全然別件であるサイトを見たときに、なんとなく納得。

ピタゴラ装置の動画がIncredible MachinesというタイトルでGoogle Videoの人気動画1位になってました。

すごいなあ。世界で1位やで・・・

ここはひっそりと回想シリーズ第12夜。

2001.06.21

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オマーンを出た飛行機は、いったんナイロビ(ケニア首都)の空港に着いて、そこで乗り換え。

ダルエスサラーム(タンザニア首都)に着いたときはまだ午前中でした。

キリンやゾウのいる広大なサバンナの中に滑走路!とかそんなところを想像してたけど、東南アジアとそんなに雰囲気は変わらないです。

空港を出ると、「町まで車で送るよ!」というにいちゃんがいました。

なんかいやな予感がするけど、ほかに方法がわからなかったのでとりあえず乗ってみました。

・・・

町に着きました。

思った通り高い料金をふっかけられたけど、乗車時間から計算して東南アジアで適正価格と思われる額を払って残りは踏み倒しました。

距離がわからなくて事前に値段交渉ができなかったときにインドで編み出した裏技(?)やけど、これあんまり使いたくないです。MPを消費します。

そして、早く荷物を置いて町を探索したかったので、町の人に教えてもらったPOP INNという宿にチェックイン。

窓がなくてじめじめした地下牢のような部屋でした。狭い部屋じゃないけど、トイレとの間のドアがなんか腐ってます。

ま、安いし夜寝るだけだからいいか。

・・・

ダルエスサラームの町を探索していると、いろんな人から声をかけられます。だいたいみんな陽気です。

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テレビでおなじみのマサイの人もときどきいるけど、唯一(?)マサイの人だけはクールです。正直ちょっとこわい。

町の若者が「ちょっとあれ見てみろよ」と肩をたたいてきました。

最初は何かわからなかったけど、何人かが写真のフィルムをすかして空を見ていたので気づきました。

そーらーえくりぷす・・・ですか。

いきなり初日にこんなものが見られるとは・・・

NINAKWENDA SINZA

なんかうちのインクレページがとんでもないことになってます。

アクセスが集中しすぎたせいか、トップページのファイルのパーミッションがなぜか000になってアクセス不能になってしまいました><

とりあえずパーミッションだけは戻して表示できるようにはしといたけど、大丈夫かなあ。

回想シリーズ第13夜。

2001.06.22

タンザニア2日目。

部屋は風通しが悪くてじめじめしていたので、昨日洗って干していた洗濯物が朝になってもまったくそのまんまでした。

なんかゴキブリも走ってるし、受付の人はチンピラみたいやし、ここはもう出た方がいいな・・・

中心街でいろいろ次の宿を探してみたけど、安いところは雰囲気が暗くて廃墟っぽいです。似たり寄ったり。

ミニバスで郊外のシンザというところまで行けばもうちょっといいところがあると町の人が教えてくれたので、さっそく行ってみました。

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ここまで来ると、ほとんどの建物が平屋になります。

ここの宿はいい!
部屋に日が入って明るい!
風通しがいい!
庭が食堂になってて、ここの料理がなかなかおいしい。

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かばんを置いてシンザを散歩していると、道で遊んでいる子供たちと出会いました。

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一番仲良しになったのが、アラファという9歳の女の子。

特別人なつっこい子というわけではなくて、はしゃぐときは子供らしくはしゃぐけど、ときどき真剣な顔をして何もない方向を見て物思いにふけったりする不思議な子です。

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だいたいいつもいっしょにいるのが、いたずらっ子の妹ヌル。3歳ぐらい?

もう髪の毛はひっぱるし、人のメモ帳やペンをしゃぶってよだれまみれにしてしまうし大変><
でもいない日はさみしい。

ヌルが悪いことをするとアラファがぴしっと叱るので、えらいなーと感心してしまいます。

感心しているだけだと、

「こういうときは叱らないとだめ!」

とアラファに怒られてしまいます。厳しい><

アカウント停止!?

昨日は気がつかなかったけど、ロリポップから警告メールが届いていました。

本日、お客様のお使いの/tim/index.phpがサーバー上で著しい負荷をかけておりました。

至急ご対策の上、お問い合わせフォームよりご連絡下さい。尚、3日以内にご連絡頂けない場合は、アカウント停止等の措置を行いますので予めご了承下さい。

こないだ引っ越してきたばっかりやのに><

昨日やじうまWatchさんのところでうちのページが取り上げられてからアクセスが驚異的です。

引っ越し前はだいたい1日50~60ヒット。
引っ越し後はだいたい1日30~40ヒット。

それが、今日1日のアクセスだけで3000を超えそうです。

PukiWikiに組み込んであったアクセスログが何度も飛びました><

あと2日猶予があるのでもう1日様子を見ようと思うのですが、とりあえずGooglePagesをこんなふうに作りかえました。

ブログを別にしといてよかった・・・

今日は会社でもトラブルがあって疲れたので回想はお休み。

冤罪

だいぶアクセスがおさまってきたので、このままで大丈夫かなと思ってロリポップの方に聞いてみました。

すると、アクセス数ではなくて転送量に問題があるようです。

デモ版のダウンロードがうちの帯域のほとんどを占めているので、このファイルだけをGooglePagesに引っ越しさせました。

これで今回の事態も無事に終息かな?

ということで回想シリーズ第14夜。

2001.06.23前編

タンザニア3日目。

シンザからミニバスで中心街に出ました。

ATMの場所をおさえておきたかったので町の人に聞いたらダルエスサラームで唯一だというATMの場所がわかりました。

行ってみて、持っていたクレジットカードでお金を引き出そうとすると、
“Transaction Denied.”
と言われてはじかれました。

不安的中。

出発してからこのカードを使った額を計算してみると、だいたい10万円ぐらい。月額限度額にひっかかってしまったようです。

トラベラーズチェックで400ドルぐらいあるから、おとなしくしていれば限度額復活までは余裕で持ちそうです。

・・・

お昼ごはんを食べるところを探していると、地元の2人組に声をかけられました。

「今夜ゲイパーティがあるんだけど来ない?」

いえいえ。この国でもキュートですか。そうですか。ありがとうございます。

それはともかく、海岸沿いの道路に行けば焼き魚を売る屋台がまわってくるからというので、ついて行ってみました。

海岸べりで座って話をしていると、1人が新聞紙の包みをあけて、お茶づけのりに入ってるシソの実みたいなのを出してきました。

あ、これマリファナやん・・・前にインドやパキスタンでも見たことあるわ。

そういうのはいいです。

そうこうするうち、2人はそこらで売ってるたばこの中の草(?)の部分をしごいて落として、その代わりにさっきのシソの実みたいなのを詰めて吸い始めました。

大陸はちがっても、吸い方はいっしょなんやな・・・

しばらくすると、突然背後から警官らしき男が現れて、うちら3人を羽交い締めにして、車の後部座席に押し込めました。

なんやそれ><

「お前たちを連行する。刑務所に7年入ってもらう。」

7年!?今24歳だから31歳までか・・・って計算してる場合か。

じゃあ今から病院に行って検査してみろ!吸ってないことが証明できるから!

「これはタンザニアでは非常に重大な問題なんだ!」

人の話聞いてへんやん・・・

人が吸っていたのを見逃したことがこの国では罪になるんかもと思ったけど、その辺を聞いてみても答えは同じ。

「これはタンザニアでは非常に重大な問題なんだ!」

・・・

キリンに救われる

回想シリーズ第15夜。

2001.06.23後編

「ただし・・・300ドル出したら見逃してやってもいいぞ。」

・・・なるほど。ほんまに有罪かどうかはどうでもよくて、最初からこれが目的やったんやな・・・

タンザニアの1人当たりの平均GNPは100ドルぐらいやから、300ドルゆうても年収3年分ぐらいあるわけか・・・

入社までまだ半年以上あるから、裁判でちゃんと戦ったろうやん!とも本気で考えたけど、今日の15時に人と会う約束をしてたんで、300ドル出してでもこの状況を抜け出す選択をしました。

(あとでまともな筋から聞いた話だと、ここで払わなくて問答無用で刑務所入りになってしまった例があるのだそうです。)

「こいつら2人は前科者で、最近出所したところなんだ。」

2人は本気で泣いています。

「頼むよ。俺たちの分も払ってくれよ・・・」

残念ながら、そんなお金も義理もないです。

とにかく300ドルも現金を持っていないというと、ATMのところへ連れて行かれました。

お金が出ないのはわかっているけど、一応ポーズだけは。

これであきらめてくれないかと期待したけど、財布の中を全部見せろと言われ、トラベラーズチェックが見つかってしまいました。

でもラッキーなことに今日は土曜日。銀行が開いていないので現金化できません。

「空港でなら土日でも換金できるだろう。」

くっ。そんな手があったか。

車はまっすぐ空港へ。そこでトラベラーズチェックを換金した300ドル分と、もともと財布にあった全額を没収されました。

「ほら、宿には送ってやる。」

といって、シンザまで送られました。

・・・

出発前、当時バイトでいっしょだった子にアフリカに行くなら何かキリングッズがおみやげにほしいと言われていました。

タンザニアシリング札の中にはキリンをモチーフにしたものがあったので、おみやげ用に何枚か財布ではなくパスポート入れの方によけて入れていました。

これで1日分の宿代と、町へのバス代にはあてられるか・・・

あと、換金せずに残っているトラベラーズチェックと合わせても10日分の生活費しか残っていません。食費を1日10円ぐらいに切り詰めれば、ぎりぎり11日持つぐらい。

(クレジットカードの使用可能額が回復するのは、翌月支払日の7月10日です。17日後。しかもその日に引き落とされるのは、6月の締め日以前に使った分だけなので、大して回復しません。)

帰国のチケットが買えないのは当然として、このままいけば宿も追い出されて、食べるものもなくなってしまいます。

ファンカーゴを引き取る

今日は実家に新しい車が届くというので、いよいよファンカーゴを引き取りに行きました。

明日は日曜出勤なので1日で往復します。

しばらく洗ってなかったみたいなので、この機にきれいに洗車。

よし!乗って帰るぞ!

と思ったら雨・・・

これでバイクとのちがいがわかるというもんかな。

今日思った車のいいところ

  • スピードを出しても寒くない。

やっぱりこれ!雨でもかばんの中のパソコンがぬれないかとかも心配しなくていい!

  • ラジオが聴ける。

バイクに乗ってて聞こえるのは、エンジン音と風の音ばっかりやもんなあ。本が読める電車ほどじゃないけど、これはうれしい。

今日思ったバイクのいいところ

  • 道に迷っても、すぐ路肩に寄れば後続車のじゃまにならずに止まれる。

行き当たりばったりのときは、意外にこれが重要。1本道でもUターンできるしね。

  • ガソリン代が安い。

なんとなく頭ではわかってたけど、車で給油してみて実感。ほんま数千円が簡単に消えてしまいます。

実家からここまで4時間ぐらいやったけど、車の方がずっと楽かと思いきや、疲労に関してはバイクとそれほど変わらないように思いました。交通費に関しては、電車よりちょっと安いぐらい。

やっぱり本命は自転車やね。

銭湯

そうだ!車なら、銭湯に行っても湯冷めせずに帰ってこれる!

ということで、うちから3kmぐらいのところにある「ぽかぽか温泉」にファンカーゴで行ってきました。

もーすごいわ。サウナや電気風呂が疲れた体に効く効く。腕や背中にタトゥーの入ったおにいさんたちもいっぱい。

いいね~。こういう雰囲気。これで380円って、なんて庶民思い!

このまま寝てもいいけど回想シリーズ第16夜。

2001.06.24

タンザニア4日目。
残り生活費は9日分。

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移動にタクシーは使わない。食費をおさえるために、食事はみかんやバナナみたいな果物単品か焼きキャッサバに限る。

どうしていいかわからないけど、実家に状況は伝えておこう。国際電話は高すぎて使えないので、とりあえずネットカフェに行ってメールを送りました。

誰か何か相談できる人はいないかと思って、大きい銀行の近くへ行ってみたら、裏口の守衛さんと話ができました。今日は日曜で銀行が休みなので、表門は開いていません。

昨日こんなことがあって・・・みたいな話をしていると、ちょうどその銀行の一番のえらいさんがどこかへ出かけるところに出会いました。

守衛さんが代わりに事情を説明してくれはって、それを聞くなり

「明日銀行が開いたときに社長室(?)に来てください。」

と言ってもらえました。

この銀行は、National Bank of Commerce(略してNBC)というところ。ダルエスサラームでは一番大きいところだと思います。

2001.06.25前編

タンザニア5日目。
残り生活費は8日分。

このときは、クレジットカードの使用額復活のしくみをちゃんと理解していなかったので、毎朝ATMに行ってお金がおろせるようになっていないかチェックしていました。もちろん今日も"Transaction Denied."

日本からメールが来ていないかチェックするために、ネットカフェに行ってみました。

ネットカフェのオープンする時間は毎朝10時。日本時間で16時です。

Supermailを開こうとすると・・・「ただいまメンテナンス中です」って!!ふつうの日なら5回でも10回でもメンテ入れていいけど、今日はほんまあかんて!!!

(今メールを複数のWebメールに転送をかけているのは、この日の経験からです。キャッシュカードが海外ATMでも使える新生銀行に口座を持つようになったのも、もちろんこのときの経験から。)

もうメールはおいといて、NBCへ行ってみました。

昨日もらった紹介状を出すと、ふつうのお客さんでは入れなさそうな校長室みたいな部屋に通されました。

この銀行に口座を作ることはできますか?日本からの送金を受けたいんです。

「この銀行に口座を作るためには、最低1000ドルが必要です。」

・・・1000ドルも持っとったら送金いらんって><

ホールドアカウント

回想シリーズ第17夜。

2001.06.25後編

「日本から送金を受けられるのでしたら、ホールドアカウントという方法があります。」

口座を持っていなくても、パスポートの身分証明だけでお金を受け取れるという方法だそうです。

世界中の銀行にはそれぞれスウィフトコードという固有のIDがあって、送金する人は宛先の銀行を指定するのにそのコードを使います。

今日2度目のネットカフェ。

まだSupermailはメンテ中だったので、Yahoo!メールのアカウントを作って、ホールドアカウントのことを実家に送りました。NBCのスウィフトコードと、こちらのパスポート番号をつけて。

・・・

昼下がりには、シンザのいつものところへ行きます。

ここにはアラファ・ヌルの姉妹のほかにもいろんな子がいます。

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日本の言葉を覚えるのが天才的に早いシャリファ。
アラファの同級生かな?
サザエさんでいえば花沢さんみたいなキャラの子です。
スワヒリ語を一生懸命教えてくれます。

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片目が不自由みたいやけど、兄貴肌のアムザ(右端の子)。
アラファとそれほど年もちがわないだろうけど、
「お前も大変だろうけどがんばれ。」
みたいな子です。

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恥ずかしがりやのザイナブ(左端で右向いてる子)。
いつも物陰からこっちを見ていて、ときどき砂を投げてきたりして意地悪します。追いかけると喜びます。

このころは「もしかしたら助からないかもしれない」と思って精神的にかなりきつい状況だったけど、書いてみると楽しそうに見えてしまうのは、思い出し方が甘いのかも。

スーパー放浪

だいぶ前に近くのジャスコがつぶれて以来、いつも会社帰りはイトーヨーカドーへ寄って買い物してます。

でもここ高いねん><

昨日はちょっと遠くにあるYamadaというスーパーへ。
・・・24時間営業のお店だからか、思ったほど安くないです。

今日はもうちょっと遠くにある主婦の店というスーパーへ。
・・・近海物を扱ってるからか、魚が安い!

主婦はチラシを見て安いところを選ぶっていうけど、うちとこにもチラシ入れてほしい!

すなわち回想シリーズ第18夜。

2001.06.26

タンザニア6日目。
残り生活費は7日分。

ネットカフェが10時に開くのと同時に入ってSupermailを開きました。

実家からメールが届いていました。

・・・

三井住友銀行へ行ってみたけど、ホールドアカウントへの送金はやっていなかったという内容でした。

松下の工場がダルエスサラームにあるらしいから、そこの人に助けてもらってはとも書かれていました。

・・・それはどこにあるんやろ?いったい何て言って入れてもらったらええんやろ?

ネットカフェを出て、まっすぐNBCのえらいさんのところへ向かいました。

ミツイスミトモっていう日本でもトップクラスに大きい銀行があって、そこでもホールドアカウントへの送金ができなかったようなのですが・・・

「いや、日本からの送金は実際ありますよ。」

ということは・・・
これまでの日本からの送金記録を調べてもらうことにしました。

・・・

「トウキョウミツビシという銀行からの送金記録がありますね。」

東京三菱!聞いたことがあるところでよかった・・・

実家の近所だとどこにあったか思い浮かばないけど、とにかくこのことをメールで送りました。

GWの予定

ゴールデンウィークは全部出勤になる予定だったけど、最近になってふつうに休めることになりました。

なんも準備してへんけどどうしよ><

5月2日に有給を入れたら9連休やけど、それをすると別で取りにくくなりそうなので、ここは予定通り出勤するとして・・・

前からパラグライダーやってみたかった。
東北地方をゆっくりまわってみたかった。
捨て身でなく繰り返しのきく野宿がしてみたかった。
今までやったことのないことの講習を受けてみたかった。
徒歩の限界を試してみたかった。

そのあとの生活習慣からして変わってしまうようなことが何かできへんかなあ。

と、自分にプレッシャーをかけつつ回想シリーズ第19夜。

2001.06.27

タンザニア7日目。
残り生活費は6日分。

東京三菱は、東京の方の支店じゃないとあかんかったりとかせえへんやろか・・・と心配しつつ、今日も朝からいつものネットカフェへ。

実家からメールが届いていました。

東京三菱でホールドアカウントへの送金ができたのだそうです。

助かった・・・

あとは、生活費が尽きないうちに受け取れることを祈るばかり。

NBCへ行ってみたけど、さすがにまだ受け取れる状態にはなっていませんでした。

「届いたらシンザの宿の方に電話を入れますから。」

2001.06.28

残り生活費は5日分。

泊まっている宿に、朝電話がありました。NBCのえらいさんからでした。

「送金が確認できましたので、いつでも受け取りに来てください。」

はやっ!!

パスポートの認証も問題なく済み、当面の生活費と帰国のチケットを買うのにも十分そうな額のお金を受け取れました。

すぐには使わない分は、全部米ドルのトラベラーズチェックにしておきました。

・・・

前にいたオマーンとちがって、タンザニアではいろんな手段でいろんな方向へ進めることがわかっています。

ここダルエスサラームに終点駅があるタンザン鉄道に乗れば、ザンビアまで行けます。

バスに1日乗れば、北のケニアにも抜けられます。

バスに6日乗れば、南アフリカにも行けるそうです。

あと、高速艇に1日乗れば、南のモザンビークに着けるとか。

モザンビークでは、両替をするとリュックいっぱいの札束になるという話を聞きました。

次はモザンビークにしよう。

モザンビーク大使館は意外にあっさり見つかりました。

大使館の床には、今までに図鑑でも見たことがない不思議な形をした昆虫がはっていました。

サファリツアー

この回想シリーズもあと数回で終わりです。

第20夜。

2001.06.29

タンザニア9日目。

アラファのお兄さんは高校生ぐらい。筋トレが趣味なようで、いつもトレーニングをやっているという路地裏のジムにおととい連れて行ってもらいました。

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そこで知り合った一番の巨漢のおっちゃん(?)と今回のことについて話をしていました。

「タンザニアの警官は腐ってるからな。マリファナを吸っているのを見逃して捕まるなんて法律ははないぜ。警察署に行って今回のことを訴えてやれ!」

そうか。そういうものなのか。望み薄やと思うけど、今回の300ドルも返ってくるかも!

・・・

この日カメラのフィルムを交換しています。ここでカメラに入ったフィルムがその後現像に出されることはありませんでした。

2001.06.30

ダルエスサラームの警察署へ行ってきました。

そこで1週間前の6月23日に海岸沿いの道路や空港であったことを話しました。

かなり詳しくつっこまれたけど、メモを残していたおかげで、たぶんこの警察署史上まれに見る詳しい供述ができたと思います。

「署内で調査してみます。また後日お越しください。」

2001.07.01

日本を出発してちょうど1か月。7月になりました。

クレジットカードの使用可能額が復活していると思ってまたATMで試してみましたが、今日も"Transaction Denied.“でした。

(前も書いたけど、実際に復活するのは引き落とし日で、復活する額は引き落としされた額。つまり前々回の締め日から前回の締め日の間に使った額です。)

・・・

タンザニアには、いくつもの国立公園があります。

ライオン!とかキリン!とか、テレビで見るいかにもアフリカ!な雰囲気のところは、こういう国立公園の映像だと思います。

せっかくアフリカに来てるんだから、やっぱり本物を見ときたいな。ツアーはあまり気乗りしないけど、かといって個人で乗り込めるところじゃないし・・・

で、町でツアーに呼び込む客引きがいてはったので、話を聞いて着いて行ったのがどうやらにせツーリストオフィスだったらしいです。

走り書きにはそんなことが書かれてあるけど、いったい何のことだか。特にそこで損をしたという記憶もないです。

でもサファリツアーへ行くことはあきらめていませんでした。

iRows

今日はファンカーゴで2回目の給油。これで燃費計算ができます。

これまでバイクでは、Excelファイルを作ってそれで燃費計算をしていました。

うちのパソコンのExcelって、正直それにしか使ってません><

それだけなら、Web上でExcelみたいな機能を実現するiRowsというサービスに試しに全面移行してみよう!

似たようなサービスでNum Sumというのもあるけど、それよりiRowsの方が反応速度でも機能の面でもExcelに近くできてます。

マクロだけじゃなくて罫線も使えないけど、この使い方だと特に気になるほどでもないです。

ただ、出先で自分の車の燃費計算なんてしないので、特にWeb化するほどのメリットもないかな。

・・・

自己破産してパソコンが差し押さえになっても、燃費計算だけはできる・・・か><

そんなWeb資産のあたたかみを感じつつ回想シリーズ第21夜。

2001.07.02

タンザニア12日目。

ダルエスサラームの警察署にポリスレポートを受け取りに行きました。

「6月23日には、そんな2人組は連行されて来ていません。」

・・・やっぱり。

(1)ニセ警官と共犯者2人
(2)悪徳警官と共犯者2人
(3)悪徳警官とただの2人

もし1や2なら、連行されてこないのは当たり前。3だと、今回のようにあとで警察に知らせに来てもしらを切れるようにあの2人も逃がすかもしれません。
(筋トレのおっちゃんの話によると、警官は制服と胸のバッジがあれば本物とみていいそうなので、1はどうやらちがうそうでした。)

当日そのあたりをまわっていた警官がいないか聞いてみたけれど、そんな人はいなかったそうです。

・・・もし行ってても自分では言わんやろから、それだけでは判断できへんやろなあ。

もしその警官が出てきて「こんな日本人知らない」と言われても、あの2人以外にも空港の両替屋の人が見てるから、なんとか追い詰められるかもと思っていたけど、そこから先には進めませんでした。

・・・

気を取り直してサファリツアーです。

「サファリ」はスワヒリ語でツアーの意味なので、サファリツアーは少年ボウイ恐竜サウルスみたいなもんです。全然ありな表現です。個人的には鹿から落馬してもいいと思います。

町で見つけたJMTというツーリストオフィスで、3泊4日ぐらいのサファリツアーを申し込みました。

ジープで移動して、サバンナのまん中でキャンプを張ったりするそうです。

ライオンこわい><

2001.07.03

サファリツアーの出発地は、タンザニア北部のケニア国境にほど近いアルーシャという町だそうです。ここから500kmぐらい。

まずはそこまで自力で行かないといけないので、アルーシャまでの長距離バスのチケットを中心街のチケット屋で買いました。

バスが出るのは、中心街からだいぶ離れたところにあるウブンゴバスターミナル。(≒ウブンツ)

明日の早朝発です。

中心街からだいぶ離れているとはいっても、宿のあるシンザのちょっと向こうぐらいだったので、今日のうちに距離を見ておこうと思ってシンザから歩いて下見に行ってきました。

アラファたちには、「また何日かしたら戻ってくるから!」と短いお別れをしました。

アルーシャ

今日は天気が悪いそうなので、散髪に行ってあとは室内作業に徹していました。

そんなGW初日に回想シリーズ第22夜。

2001.07.04

タンザニア14日目。

14日目にして初めてダルエスサラームを出ます。

アルーシャへのバスは、ひたすらまっすぐな道を北に走ります。タンザニアの道路は日本の会社(鴻池組?)が作ったそうなので、でこぼこのなさは世界最高水準です。

道の右手には山脈が、左手には地平線の果てまでサバンナがずっと続いていました。

サバンナって、テレビの印象で野生動物があふれかえっているところだと思っていたけど、実際にはアルーシャに着くまで犬一匹見かけませんでした。

サファリツアーでも、目のいいマサイの人が同乗しなければ、動物に出会うことができないのだそうです。

・・・

アルーシャの町には夕方到着しました。

今まで見たことがないぐらい高くそびえる山がすぐ近くにあって、町はそのふもとにありました。

アフリカ大陸最高峰のキリマンジャロもこのすぐ近くらしいけど、これはマウントメルという山だそうです。メル山?

キリマンジャロも見たいな~!

とりあえずサファリツアーを申し込んでいたツーリストオフィスのアルーシャ支店みたいなところを教えてもらっていたので、まずはそこへ行ってお金を払いました。

ツアーの出発は3日後だそうです。

宿もそのすぐ近くにとりました。

アルーシャは標高が高いからか、赤道に近いとはいえ夜はけっこう冷えます。

シャワーは水しか出ないので、宿のおにいさんにお願いして電熱線で温めた(?)お湯をバケツいっぱいにもらいました。

飛ぶ!

今日鳥取砂丘のパラグライダー体験を申し込みました。

5月5日の13時から。急がな!と思って、あとさき考えずに電話で申し込んでしまったけど、泊まるとことか何で行くかとか全然考えてなかった><

同じくノープランな回想シリーズ第23夜。

2001.07.05

タンザニア15日目。
ケニア国境近くのアルーシャの町です。

この日のことについては、覚えている限り書いてみようと思います。たぶんちょっと長くなります><

日本を出てからは35日目。この旅3冊目のメモ帳がなくなりそうだったので、文房具屋さんみたいなところで4冊目を買いました。

昨日は夕方にこの町に着いたので、まだ何がどこにあるのか把握できていません。

お金がおろせる銀行と、マラリアが発病してもすぐに治療ができるように病院の位置だけはちゃんと確認しとこう。

ということで、何があるかな~とうろうろしていると、恰幅のいいおっちゃんと知り合いました。

朝ごはんがまだだったので、そのおっちゃんと近くのカフェに入りました。

・・・

おっちゃんは名前をハミシというそうです。

なんかお金持ちそう。指には指輪をいくつかはめていて、携帯電話も持っています。

化粧品会社の社長をやっていて、この周辺国をまわって安いところで仕入れて高いところで売るということをやっているそうです。
(マラウイで買ってケニアで売る?だったかその逆だったか。)

出身というか家があるのはタンザニア西部のどこかの町で、今は商売で移動中にこの町に寄っているのだといいます。

いろいろ周辺国のことを知ってはるので、この次行くつもりのモザンビークの話や、その先のスワジランドや南アフリカの話も聞きました。

もっとあとに行くかもしれない中部アフリカや西アフリカのことも教えてもらいました。

こっちの携帯って、プリペイド式で、国境を越えるたびにカードを差し替えするだけでいいのか~。などなど。
(今でこそ日本でもSIMカード式の携帯はいろいろ出てるけど、2001年当時の日本にVodafoneはまだ来てなかったです。)

今自分は病院を探しているというと、アルーシャの町を案内してくれることになりました。

アルーシャの外周道路(?)ぞいにマウントメル病院という病院がありました。

・・・

お昼ごはんのとき、今泊まっている宿の宿代の話になりました。

ハミシさんの宿の方がちょっと安そうだということで、見にいってみることにしました。

よさそうなら明日は移ろうかなと。

(・・・あ、昨日はサファリツアーの出発が7月6日だと書いてしまったけど、これから考えると7月7日やね。この2日後。昨日の日記も一応修正。)

ハミシさんの宿では、優しそうなお母さんとその子供さんが受付をやっていました。

部屋を見せてもらったけど、ちょっと狭いかなというぐらいで問題なさそうです。

(でも、よし移ろう!と決めたという記憶はないです。なんでかな?)

夜はビリヤードに行こうと誘われました。

・・・

そこからはいったん別行動。

ネットカフェに行きました。IEのバージョンが3だったので、日本語フォントの自動インストールが走らなくて、メールが読めませんでした。

・・・

日が暮れてから、ビリヤード台のあるレストランみたいなところへ。

ハミシさんはビールを飲みながらビスケットを食べています。で、こちらはミルク。

ビスケットを勧められたけど、遠慮しときました。袋にはドバイ製と書かれていました。

前にいたオマーンのマスカットで見たあのバスに乗ったら行けてたところで作ってるのか~。

なおもぱくぱく食べています。

最後の1個になったところで、最後だしどうぞとまた勧められました。

まわりに人もいるし、こんなところで何かするなんてないだろうと思って、それをいただきました。

上下がクラッカーで、まん中にクリームみたいなのがはさまっている湿ったビスケットでした。

あ、これなんか酔っぱらう感じがするな・・・

と思ったのを最後に、この日の記憶は終わっています。

2001.07.06

・・・