22:35 帰宅
今回も旅行メモの最後にこの行を書くことができました。
明日も奈良から山口までのロングドライブがあって大変やけど、できるだけ早いうちに今回の旅行記を書き始めたいです。
22:35 帰宅
今回も旅行メモの最後にこの行を書くことができました。
明日も奈良から山口までのロングドライブがあって大変やけど、できるだけ早いうちに今回の旅行記を書き始めたいです。
今回のGWの旅行記です。
・・・
今回のツアーの個人日程表には、
北朝鮮査証、列車の切符、高麗航空航空券を4月29日
16:00北京国際ホテル ロビーで担当者よりお受けとり下さい。
と書かれてありました。
北京国際ホテルには15時35分に到着しました。ここまでは自力。
「担当者」ってどんな人なんだろう?「スリーオーセブン」という看板でも出してくれるのかな?それとも「はやし様」とか?
今のところそういう人はいないようです。
・・・
15時58分。
ロビーに人の出入りはあるけれど、担当者らしき人もほかの参加者らしき人も現れない。
さすがにこれは何かおかしい?
「担当者」ってもしかして、ホテルのフロントの人のこと?と思って聞いてみたけど、どうもちがうらしい。スリーオーセブンのことも知らないと。
ホテルやロビーをまちがえてる?ホテルの人に紙を見せて確認してみたけど、北京国際ホテルのロビーは確かにここで、ここ以外にはないと。
・・・
16時。
こっちはきょろきょろと人を探し回っているのに、同じようにきょろきょろしている人がいない。
やっぱりスリーオーセブンはペーパーカンパニーなんやろか?
もしそうだったら、上海万博に行ってみようかな。上海は遠そうなので、今日中に夜行に乗らないと日程的にきついとかあるかもしれない。列車の手配はそういう確認も含めてやらないといけないので、あきらめポイントは早めに設定しとかんとあかんか。16時半で誰も来なかったら北京駅に行って情報収集やな。
それよりまず、スリーオーセブンに国際電話をかけて確認してみるのが先か。
と動き出そうとしていると、「日本の方ですか?」と杉田かおる似の女性が話しかけてきました。手には、うちの分を含めて3人分の北朝鮮ビザが。16時7分。
よかったー。
16時14分に、残り2人の参加者の方も来られました。
このかおるさんがこのツアーのガイドさんかと思いきや、ただここでチケット類を渡すだけの係。
え!まだここから先も自力なん!?
この続きです。
・・・
ホテルに遅れてやって来たのは、石川県の30歳の男性2人組。大学時代からの友人なのだそうです。
1人は学生時代からの北朝鮮マニアだというFさん。
(以後「マニアさん」。)
平壌放送に手紙を送って、本や地図を送ってもらったこともあるそうです。でも北朝鮮への入国は今回が初。
もしかして共産主義者なんですか?
「いえ、共産趣味者です。」
もう1人は、旅好きのマニアさんに刺激されて海外旅行に目覚めたという長身のTさん。
(背中に「らき☆すた」と書かれたTシャツを着ているので、以後「らきすたさん」。)
クールなマニアさんに対して、らきすたさんはムードメーカー的なキャラクターです。
うちとちがって温泉ツアーではないけれど、日程表を見せてもらうと、けっこういっしょになりそうなところもあるようでした。
ふつつか者ですが、よろしくお願いします!
・・・
2人が吉野家へごはんを食べに行っている間に、ひと足先に北京駅へ。駅でどれだけ手続きがあるのかわからなかったので、ちょっと早めに。
駅の入り口の時点で列ができています。電光掲示板によると、17時半発の平壌行きは「2楼第三なんとか室」?
中に入ると、2階に第三なんとか室がありました。「2楼」って、2階のことなんやねー。それにしても、駅の人に英語が通じない><
ここで待ってたらいいのかな?
と部屋のすみっこの方でしばらくのんびりしていたけど、飛行機じゃあるまいしホームじゃないところで待たされるなんてちょっと変。ていうか、ホームはどこ?
歩きまわってみると、第三なんとか室の右奥が、別の部屋につながっているのを発見。さらにその奥には改札っぽいゲートがありました。
えー!わかりにく!
その先のトンネルを抜けると・・・
ホームあった!でもなんでこんなとこに車があんの?
K27国際列車のホームはここ!
国境の町丹東までの列車が12両目まであって・・・
一番後ろの2両だけが平壌行きになっていました。
4人部屋。席の番号からすると、あの2人も同じ部屋になりそう。
でももうすぐ出発時刻・・・
この続きです。
・・・
K27国際列車の出発時間ぎりぎりになって、2人が息を切らせて入ってきました。
出発5分前にすでに改札のゲートが閉じられていたそうで、閉じたゲートに抗議をする中国人女性のおかげでいっしょに中に入れたのだそうです。
あぶなー!
かつてこのツアーに申し込んだ人の中には、乗り遅れた人も何割かいたんじゃないかな?
・・・
夕食は列車の中で調達できると聞いていたけど、平壌行きの2両にはそれらしきところがありません。
その2両から別の車両には移動できないようになっています。
個室に置かれている空のポットを持って、お茶が入れられないか乗務員さんに聞いてみました。
お茶はないけど、お湯ならあると。
コップがないので、2人が持って入ってきたマクドナルドのコーラのカップを使わせてもらうことにしました。
・・・
トイレはあるけど、お風呂やシャワーはありません。
あと、蛇口が3つ並んだ洗面スペースがあります。
個室にも廊下にもコンセントがあるので、充電には不自由しません。
外は少し肌寒かったけれど、保温はしっかりしているようで、備え付けのふとん類のうち毛布1枚だけで暖かく眠ることができました。
この続きです。
・・・
時間通り17時半に北京を出発した列車は、予定より1分早い翌朝7時29分に丹東駅に到着しました。
中国の鉄道ってこんなに正確なん!?
すると個室に軍服(?)を着たおばちゃんが入ってきて、パスポートを回収していきました。中国の出国スタンプを押すためかな?
そして銃のような形をした体温計で、額の温度を計測。36.7℃。
日程表によると、丹東駅の出発は9時35分で2時間ぐらい余裕がありそうだったので、ホームにおりてみました。
列車の一番後ろに「莫斯科-北京」の2両が連結されました。
(この車両は結局平壌まで行くことになるけれど、今調べてみたら「莫斯科」ってモスクワなんや!シベリア鉄道!)
丹東も都会やね~。
駅はイミグレ(出入国審査)のゲートを通らないと出られないつくりになっています。こっち側に免税店もあり。丹東で下りる人はどこから出て行きはったんやろ?
丹東で下りる人のために、国内線専用の出口がありました。
昨日は結局夕食を食べていないし、ここにも食べ物が買えるようなところはありませんでした。ひもじい><
・・・
丹東で折り返す12両を切り離すためか、列車は8時すぎに動き出しました。ホームから出たり入ったりを3回ぐらい繰り返して、9時ごろまたもとのホームに戻ってきます。
ここで中国の商人さんたちがたくさんの荷物を持って乗り込んできました。
うちらの個室の唯一の空き席だったベッドにも荷物を詰め込んで、おねえさんがひとりこの部屋に残りました。
K27国際列車のメインの用途ってこれなんやろなあ。
・・・
中国の出国スタンプが押されたパスポートも返ってきて、列車は国境の鴨緑江を越えていきます。
対岸には、新義州の町が見えてきました。
ふつうに丹东(丹東)を訪れて、町を回ってみました。
この続きです。
・・・
鴨緑江を越えてすぐに列車は新義州駅に到着しました。ここは車外に出してもらえません。
また体温計測があって、パスポートとビザが回収されました。
ちなみにこれが日本人用の北朝鮮ビザ。パスポートとは別になっていて、出入国のスタンプもこっちに押されます。
(このカードは出国時に回収になるので、出国のスタンプが押されたかはわからないけど。)
北朝鮮は日本と国交がないので、日本のパスポートを見せられたところで、その人がどんな人なのか日本に問い合わせることができないはずです。なので、事前に申請された情報から独自の身分証明書を発行している・・・という意味合いなのかな?
同室の中国のおねえさんは、ちゃんとパスポートにビザが。ほかに何枚もあったので、よく来てはるみたいです。
・・・
続いて車内で入国カードと税関申告書が渡されます。
ふつう税関申告書といえば、免税範囲外の品だけを書くようになっているけど、ここの申告ではそういう区別はないようです。そんなん書ききれへんやん!
困ったので、中国のおねえさんのを見せてもらうと、
食料 1包
衣類 1包
とかそんなざっくりな感じで書かれてありました。ただ、電気製品とかは個別でちゃんと書いた方がいいと。
ということで、
Article:camera / Unit:(空欄) / Quant:1
Article:GPS / Unit:(空欄) / Quant:1
Article:clothes / Unit:bag / Quant:1
この3つだけを記入しました。GPSは携帯電話と同じく規制品になっているようです><
・・・
しばらくすると軍服のおっちゃんが個室に入ってきて、1人ずつ荷物の検査をします。
GPSは封筒に入れられて、透明のビニールテープでぐるぐる巻きにされました。出国するまで開けてはいけないと。
袋に入っていても電源は入っているので、電池が切れるまでは移動経路を記録し続けてくれるはずです。
(実際平壌の少し手前ぐらいまで記録が残っていました。)
この荷物検査の間、トイレはドアがロックされて使えなくなります。駅にもおりられないので、トイレは丹東にいる間にすませておくといいと思います。
・・・
うちの個室の4人の荷物チェックがすんだのは、検査開始から約1時間後。
その後パスポートとビザが返ってきて、予定より10分遅れの14時に列車は発車しました。
ガイドさんって、ここから乗ってくるんじゃなかったのか。
この続きです。
・・・
新義州の駅で、前に15両ほど地元の車両が連結されて、列車は平壌までの最終形態になります。
前
↑
[A]:新義州で連結した地元車両15両ほど
[B]:うちらが乗ってきた北京からの2両
[C]:丹東で連結した「莫斯科(モスクワ)-北京」の2両
↓
後
[C]は、基本的には[B]と同じつくりの寝台車ですが、電光掲示板がロシア語まじりです。そしてどちらもなぜかキムチのにおいがします。
中国を走っている間は[B]の先頭ドアに鍵がかかっていたけど、新義州からは[A]に移動できるようになりました。この1両先には食堂車も。
あと、レールの連結部のつくりのちがいだと思うけれど、中国国内では新幹線のようにほとんど無音で走行していたのに、北朝鮮に入ってからはカタンカタンという在来線のような走行音がします。
・・・
同室の中国のおねえさんが、袋入りの牛乳をくれました!ありがとうございます!
そして乗務員さんが、なにやらメニューのようなものを個室に持ってきました。50元(700円ぐらい?)でお弁当が買えるようです。買います!
お弁当来た!昨日の北京行きの飛行機以来なので1日ぶりの食事。飲み物はないので、ポットのお湯で。
・・・
テレビでの印象だと、この国では写真撮影がガチガチに制限されるのかと思いきや、いろいろ撮っていても何も言われません。
荒れ地なのか、まだ作物が植わってないだけの耕地なのか、緑が少ないです。
この国の緯度は、日本の東北地方と同じぐらい。標高が高いわけでもないので、日本の普通の山ぐらいに木が生えていないとおかしいけれど、かなりまばらです。
(このことについては後日出てきます。)
荷物を引くのも、耕作をするのも牛。中国では馬でした。
川の護岸工事をやってはるんかな?何度か見かけました。
ここはアスファルトですが、荒れ地でも自転車移動の人が多いです。ママチャリばかりで、マウンテンバイクとかは見かけませんでした。
鉄橋やトンネルの出入り口には必ず投光器の設置された監視台があって、なぜかいつも女性が立っていました。
通過駅の様子。戦時中の日本を見ているよう。
向かいの列車に手を振ると振り返してくれます。なんかうれしい。
・・・
いよいよ列車は首都平壌へ。意外とちゃんとした都会でびっくり。
平壌駅には、予定より39分遅れの19時29分に到着しました。お疲れさまでした。
この続きです。
・・・
平壌で列車から降りると、スーツを着たガイドさんがホームで待っていました。
今回の旅行で出国までお世話になるチャン(張)さんとユン(尹)さん。
(左端がチャンさんで、その隣がユンさん。別の日の写真。)
スリーオーセブンではなく、朝鮮国際旅行社という現地の旅行会社の日本部のガイドさんだそうです。北朝鮮旅行はどこで手配しても、ここのガイドさんがつくというわけ。
旅行者1組に対し、2人ガイドがつくというのがこの旅行社のルール。今回は2人をひとりじめです。
北京からの2人にも別のガイドさんが2人ついています。
・・・
これはあとでわかることやけど、チャンさんに当たったのはとても幸運でした。
日本部で一番のベテランさんで、歴史に詳しく、しかもざっくばらんに話ができる。学生時代「いい子」ではなかったそうで、この国の社会主義体制を客観的に見ている様子がうかがえます。
対してユンさんは、どちらかと言えば学校の先生みたいな優等生な感じ。愛国心が強そう。
でも2人に共通しているのは、自分の意見も言うけれど、人の意見もちゃんと聞いて判断できる柔軟な考えを持った人たちだということです。
平壌に着いてからは完全にお仕着せの紙芝居のような旅になると覚悟していたけれど、これはいい誤算でした。
・・・
今回のメイン宿となる平壌高麗ホテルです。駅から歩いて行ける距離にあります。
ごはん!
これでようやくスタートラインに立ちました。
この続きです。
・・・
ここでいったんワンクッション。
北朝鮮という国を理解するための前提知識として、社会主義についてのプチ整理をしておきます。
・・・
日本を含め、世界のほとんどの国が現在資本主義というルールで経済活動を行っています。
資本主義の国では、同じたぐいの商品を作る会社がいくつも存在できて、それぞれが消費者に受け入れられるよう競い合います。
競い合うということは、消費者に選ばれない商品も作られてしまうわけです。
ここに無駄ができます。
仮に5割の無駄があるとすると、その国に必要な労働量が100だとしても、150の労働が発生してしまうわけです。1日8時間の労働ですむところが、毎日4時間の残業を強いられてしまうことになります。
・・・
その国に必要な労働量が100であれば、競争なんてさせずにそこにきっちり100の労働力だけ投入すればいいじゃないか!というのが北朝鮮の採用する社会主義。
競争の代わりに、計画経済という手法をとります。
これを実現するのに重要となるのが、
(1)どの分野にどのぐらいの労働が必要か見極める計画力
(2)計画通りに人々を動かす統率力
この2つ。
(1)はさておき、(2)の統率力というのが、その国を資本主義国家とはちがう景色にするわけです。
・・・
にわか仕込みなので、めちゃざっくり。何かまちがっていたら教えてください!
この続きです。
・・・
平壌の交差点には、信号機があるのに点灯していません。その代わりに制服を着たおねえさんが交通整理をしています。
朝6時半にはいなかったのに、7時半にはいました。きびきびしていてかっこいい!
町に出たら自由に撮影できないだろうと思って、ホテルの12階からズーム撮影。
と思ったら、昼間意外になんでもなく動画で撮ることができました。
・・・
そもそも信号機を使わないのは、交通量が少なくて素通しした方がいいケースが多いからだそう。
2方向から同時に来たときだけなんとかすればいいわけやね。
交通整理を女性がやっているのは平壌だけで、ほかの町では男性が担当しています。
(この写真は開城(ケソン)の町。)
もともと交通警察は女性ばかりで、人口の少ないほかの町では、交通警察でない警察官が交通整理を兼務でしないといけないからそうなっているのだとか。
平壌の交通整理台には日焼け防止の傘があって、しかも1人あたりの勤務時間が短い。
そしてとても暑いときと寒いときは、人手での交通整理をやめて信号機を使うのだそうです。
社会主義的な労働力を確保するためには、女性の社会進出を支援するのも大事なことなんやろねー。
・・・
「最近の女性は強すぎるんですよ。」
女性が男性につき従う儒教の時代がよかったのにとチャンさんは嘆いていました。
この続きです。
・・・
北朝鮮国内では日本円をホテルでウォンに換え、また日本円に換えられます。
パンフレットにはそう書かれていました。
北朝鮮と同じように(?)闇レートの存在したミャンマーやジンバブエの例からすると、たぶんそれは無理じゃないかなと思っていました。
北朝鮮ウォンに両替できても、日本円には戻せないだろうと。
闇両替で公定レート以上の現地通貨を手に入れ、それを公定レートで元の通貨に両替できてしまうと、元の何倍ももうかってしまうので。
ところが実際には意外な状況になっていました。
北朝鮮ウォンに両替ができないのです。
一応レート表はあります。1円が約1ウォン。
外貨の方が価値が安定しているから、向こうの人は積極的に北朝鮮ウォンを外貨に両替したいと思ってるんじゃないの??
・・・
お店とかでは、ユーロ・米ドル・日本円・中国元の札がそのまま使えて、高額紙幣を出すと、通貨のまざったおつりが返ってきます。
家計簿の管理をちゃんとやろうとすると大変><
・・・
行った国のカウントに現地通貨での支払いを条件にしているけど、今回はどうしよう・・・
ガイドさんに相談してみると、帰る日の朝こっそり個人的に両替してくれました。記念にと。
そして空港での別れ際、ドライバーさんへのチップに北朝鮮ウォンの札を1枚混ぜました。
・・・
発行年を見てみると、たぶんデノミ前の紙くず紙幣。
これでお互いWin-Winの関係やろけど、処刑覚悟の闇両替をさせてしまったんやろか・・・
この続きです。
・・・
平壌市内には、統一通りというストリートがあって、そこからまっすぐ南に出て行くと、軍事境界線の板門店につながっています。170kmぐらい。
「統一」というのは、南北朝鮮の統一のことです。
統一通りにかかる祖国統一三大憲章記念塔。2人の女性は、北朝鮮人と韓国人を表しているそうです。
どっちが北朝鮮の人なんですか?
「それを区別しないことが大切なんです。」
・・・
板門店近くにかかる「ソウルまで70km」の案内板。
平壌から車で2時間ほどで板門店に到着。ここから安全のために兵隊さんが1人車に乗ってきます。5人乗りはちょっと窮屈><
周辺の鳥瞰図。平壌とソウルをつなぐ鉄道が線路だけ通っています。
軍事境界線上には7つの会議場の建物がならんでいます。
(青3つと銀4つ。青はアメリカ管轄で、銀は北朝鮮。写真外の右の方に銀が3つあります。停戦協定に韓国は出てきません。あくまでアメリカ対北朝鮮。)
それぞれ用途別に作られたものやけど、中立国監督委員会が出て行ってしまったとかで、今では使われなくなったものもいくつかあるのだとか。
ここを国境ではなく軍事境界線と呼ぶのは、韓国も北朝鮮も憲法上は朝鮮半島全土を国土としているから。
会議場は中に入れます。中国とロシアからのツアーさんがいてにぎやかです。
まん中のテーブルのマイクのあるところが境界。マイクラインと呼ばれています。
韓国側からのツアーでも同じ建物に入れるそうやけど、ジーパンがだめとか北朝鮮側に手を振ってはだめだとか、いろいろ制約が厳しいと聞きました。
でもこっち側では何も言われません。
・・・
軍事境界線の前後2kmは非武装地帯になっていて、ピストルのように自身の身を守るため以外の武器を持ち込んではいけないことになっています。
「北朝鮮側の非武装地帯はご覧の通り畑として利用されていますが、南朝鮮側はアメリカが兵器を持ち込んでいるようです。」
あと、軍事境界線はずっと日本海側まで続くけど、そこまで韓国側がサメの背びれ状(?)の壁を築いているそうです。
(韓国側からは坂になって上れるけど、北朝鮮側からは垂直の壁になっている。)
・・・
こちらの人は、朝鮮半島にアメリカが介入して、民族を分断してしまったという認識を持っています。
だとすると、この南北対立はアフリカ諸国の内戦と同じ構図です。
民族同士の対立をあおって、西洋列強が双方に武器を売り、代金としてダイヤモンドなどを手に入れるというような。
(朝鮮戦争のときに特需でうるおった日本も、アフリカでの西洋列強と同じような立場にいることになります。)
「北朝鮮としては、連邦制での南北統一を考えています。」
社会主義と資本主義の2つの制度をそれぞれ維持したまま1つの国家を作っていこうとしているそうです。
対立を維持しようとするアメリカの思惑通りにならないように。
この続きです。
・・・
北朝鮮の料理は、基本的に韓国料理と何も変わりません。キムチもあればチヂミもある。同じ朝鮮料理というくくりになるそうです。
それをベースに、地方ごとの名物料理が加わるという感じ。
平壌名物の平壌冷麺!こしがあって、だしもいい感じ!
日本では、盛岡というところで同じように冷麺が名物になっているんですよ。
「盛岡には昔炭鉱があって、当時占領下の朝鮮の人が連行されて働いていたんです。その労働者が現地で広めたのが盛岡冷麺なんです。」
へええ!そういういきさつやったんや!まさかここでそんな知識が得られるとは・・・
盛岡冷麺って、盛岡で提供されている韓国冷麺のことを指すのではないでしょうか。
この予想はまあまあ当たってたみたいです。
・・・
あ、チャンさんならもしかしたら知ってはるかな?
熱帯の国で辛い料理がよく食べられているのは、菌や虫の繁殖しやすい気候の中で、香辛料の殺菌・虫よけ効果を期待してのことじゃないかと思っています。
でもなんでこんな緯度の高いところにぽこっとトウガラシ文化圏があるんやろ?
「17世紀まで、キムチは辛くなかったそうです。」
辛くないのにキムチ・・・?
「キムチ」というのは今でも単に漬け物を指す言葉で、今のように唐辛子が広まったのは、秀吉の朝鮮出兵の際に日本から伝わってからだとされているそうです。
「唐辛子は『唐』つまり中国から日本に伝わったものなのに、その間にある朝鮮になぜ17世紀まで広まらなかったのかはわかっていません。」
ほうほう。それは興味深い話やね。
でも唐辛子って、何か事情がないと広まらないものだと思うので、17世紀まで広まらなかったことよりも、そのあとの爆発的な普及の方が不思議です。
なんか大々的なプロモーション活動でもあったんやろか?そしてそれが歴史から消したくなるようなネガティブなものだったとか。
この続きです。
・・・
北朝鮮では小学校が4年、中学校が6年まであります。ここまでが義務教育。
そのあと高校がなくて、専門学校か大学に進学します。義務教育ではないけれど、ここも無料。
・・・
小中学校にはちょっとおもしろいシステムがあります。
授業は基本的に午前で終わり。(正確には12:35まで。)
昼食後の14:00からは、クラブ活動的な感じで、選択制の特殊プログラムの時間になります。
スポーツをやりたい人はスポーツを。音楽をやりたい人は音楽を。
生物をやりたい人は生物を。
歴史をやりたい人は歴史を。
踊りをやりたい人は踊りを。
生徒が自主的に選ぶこともあれば、先生がスカウトするようなこともあるそうです。
そして特に優れた才能を持った子は、午後の時間学校ではなく「学生少年宮殿」という専門の施設に通います。
出る杭を伸ばそうとする教育方針なんやねー。
あと、そういった教育システムとは関係なく、子供に1つ楽器を習わせるのが近ごろのはやりになっているそうです。
・・・
「最近の子供は少子化で甘やかされすぎているんです。家でゲームばっかりやっていて、自分のことしか考えなくなってきています。」
とチャンさんはいいます。
なんかそれ日本と同じような・・・もしかして引きこもりの人もいたりとか?
「それはこの国ではたぶん無理ですね。」
「人は働く」という計画がされているので、社会主義的に許されないことなのでしょう。
ところでチャンさんは小中学生のころ午後は何をしていたんですか?
「私は午前だけで帰ってお酒を飲んだりしていました。よく先生に怒られましたよ。」
15歳で悪い友達にたばこを勧められ、その友達にチャンさんがお酒を勧めたのだそうです。
ある意味英才教育?
この続きです。
・・・
高麗ホテルの部屋にはテレビがあります。
どんなチャンネルが映るのか調べてみました。
1ch:朝鮮中央テレビ (北朝鮮)
2ch:朝鮮中央テレビ (1chと全く同じ映像)
3ch:(砂嵐)
4ch:(砂嵐)
5ch:(ロシア)
6ch:нтв (ロシア)
7ch:дтв (ロシア)
8ch:CCTV4 (中国)
9ch:CCTV news (中国)
10ch:BBC world news (イギリス)
11ch:NHK world (日本)
12ch:CCTV2 財経頻道 (中国)
これだけのチャンネルがあるのは、衛星放送が受信できる高麗ホテルだから。
ふつうの地元の人は、北朝鮮の放送しか見られないそうです。
ガイドさんは高麗ホテルに泊まっているので、部屋でうちらと同じ放送を見ることができます。
・・・
滞在中、朝鮮中央テレビを通算何時間も見ていました。
社会主義国らしく、がんばる労働者を取り上げた番組あり。京劇のような舞台あり。オペラやオーケストラあり。音楽と景色の番組あり。マジックショーは、まじめなものもあり、マギー司郎のようなお笑い系のものもあり。動物サイエンス番組あり。テレビ体操あり。
資本主義国ではないのでCMはありません。
ニュースは、ブルーの背景でおばちゃんが声を張り上げているようなのが日本ではよく紹介されているけれど、平壌の名所のイラスト(?)を背景におっちゃんがおだやかな声で読み上げていました。
・・・
この国の体制上、ちゃんとした回答はできないかもしれないとは思いつつ、両方のテレビを見て理解できるチャンさんに聞いてみました。
たとえば外国で何かあったとき、外国のメディアと北朝鮮のメディアとで、伝えられる事実内容にちがいがあったりしますか?
「細かい部分が省略されてたりというのはありますけど、基本的には何も変わらないですね。」
ハングル語が理解できる人だったら、その真偽は簡単に確かめられると思います。
(北朝鮮と韓国の言葉は、大阪弁と京都弁ぐらいのちがいしかないそうです。)
この続きです。
・・・
社会主義国家では、国民全員が公務員です。
日本では、たとえば4年制大学を卒業してから就職する場合、3回生の終わりごろから就職活動を始めるけれど、こちらは最終学年末の何か月か前ぐらいにします。
仕事を第2希望まで書けて、学生時代の成績で就職できるかが決まります。なのであっさり。
日本と同じく弁護士になるのはむずかしいけれど、医者になるのは、学校も定員が多くて就職先の受け口も広いので、それほどむずかしくはないのだとか。
・・・
屋台のような小さいお店でも、商売をするには国に申請が必要です。同業者が競争でつぶし合わないように管理するためでしょう。
・・・
どんな仕事に就いていても、農繁期とかには農作業に動員されることがあります。
だからガイドさんも農業のことには詳しいです。
・・・
労働時間は、教育機関は8:00-17:00。そのほかは通常9:00-18:00で、残業はありません。
・・・
住居は個人財産にはできません。
住居は国から支給されて、使用料を払います。
(農家は無料。)
自分のものではないので売買することはできませんが、その代わり住居同士を交換することはできます。
・・・
車は私有財産にできます。
黄色のナンバープレートは自家用車。
白は社用車など。
車の免許を取るには、運転だけではなく修理の技術も必要とされます。
自動車保険は任意のみで自腹。プランは選べるようです。
・・・
社会主義の暮らしはどうですか?チャンさんに聞いてみました。
「米とエネルギー問題さえなんとかなれば不満はないんですけど・・・」
この続きです。
・・・
ここに旅行に来る日本人って、どんな人で、何を思ってここを選ぶんだろう?
と出発前から考えていたけれど、今回何人か日本人旅行者と出会いました。
からかい半分、ネタ作りにいそしむ2ちゃんねらーさん。とはいえ、マニアさんの本気度は注目に値します。
入国の荷物検査でどのぐらいのものまで没収されないかとか、禁制品のカムフラージュラジオを持ち込んで、どの周波数帯で何が聞こえるかまで調べていました。
飛行機で入国。おだやかな物腰のちょっと年上の紳士。歴史系の博物館めぐりが趣味だそうで、初海外旅行はアメリカのスミソニアン博物館。北朝鮮旅行は6回目で、ハングル語も話せます。
「ここは来るたびにわからないことが増えるんです。」
ごはんどきにいっしょになることが何度かあったので、いろいろと教えていただきました。
以後「リピーターさん」。
飛行機で入国。一見ジャーナリストかと思うような40代ぐらいの男性。名乗ってもらえませんでした><
「旅仲間に自慢するためです。この国もいつまで持つかわかりませんからね。」
一見学生さんにも見えるめがねの男性。なんとなくゲームが上手そう。会話する機会がありませんでした。
あと、らきすたさんいわく、Mさんという日本人女性をツアー中に見かけたそうです。
・・・
ガイドさんによると、現在日本人のツアーを受け入れている旅行社はこの3つ。
かつてはJTBや近畿日本ツーリストといった大手旅行代理店も北朝鮮の団体ツアーを開催していたそうやけど、今では日本国内で北朝鮮ツアーを募集することが禁止されてしまっていて、申請代行ぐらいしかできないのだそうです。
北京でのあの最低限の対応はそういうことなんかな?
マニアさんの情報によると、去年の日本人入国者は20人程度だったそうです。
・・・
日本から以外の旅行者では、中国の団体さんが多いです。大型の観光バスで移動していて、客層もカジュアルな感じ。数は及ばないながら、ロシア・アメリカの団体さんも似たような感じです。
あと、オランダのキリスト教団体の方も来られていました。
この続きです。
・・・
地下鉄はどこまで行っても5ウォン(約5円)。
ちなみにバス・市電・トロリーバスも同じ料金。ちがうのは、メーター制のタクシーだけ。
一律料金なので、改札を通るのは乗るときだけです。
地下100mまで下りるエスカレーター。エスカレーター上は歩いてはいけないので、右を空けるとか左を空けるとか、そういうローカルルールはないです。
混んでます。
ホームはぐるっとこんな感じ。
駅ごとにシャンデリアやモザイク画のテーマが異なっていて、モザイク画は専門の業者が請け負っています。
(最近路線を延長して駅が増えたけど、モザイク画が完成していなくて開業していないのだとか。)
だいたいテレビとかでマスゲームの映像が出ているのがこの金日成広場。ここに限らず街中ではローラースケートがはやってます。
格子目にドットが打たれているのは、マスゲームのときまっすぐ歩けるように。
バレーボールも人気です。
桜みたいな花が咲いているけど、こういうのは全部あんず。欧米とはちがってこっちにも花見の習慣があって、日本と同じく花より団子。飲み会になります。
休日の平壌は活気があります。
ロシアのオーケストラに市民がつめかけます。実はこのオーケストラの人たち、うちらと同じホテルに泊まっています。
テレビ局も入ります。
チマチョゴリで着飾る女性たち。
・・・
平壌までの国際列車から外を眺めていたときには、この国は今まで行ったどの国にも似ていないと思ったけれど、町に出て見るといろいろ既視感がありました。
そやわ。モンゴルに似てるんやわ。町の規模でいえば、平壌の方がウランバートル(モンゴル首都)よりずっと都会やけど。
田舎の方の薄い(?)アスファルトもモンゴル風です。
そのことをガイドさんにぶつけてみると、
「北朝鮮の建築家はソ連に勉強に行っていた時期がありましたからね。」
と。なるほど。
モンゴルも自国語にロシア(キリル)文字を使うほどソ連とつながりの深い国やったもんね。
なのでこの前朝青龍が北朝鮮を訪問したことについては、特に違和感がないです。
この続きです。
・・・
これまで何度か犬肉を食べる習慣のある国を訪れたけど、犬肉自体には結局出会えずじまい。
下手をすると、今後訪れる国にはもうないかもしれないと思ったので、ここで平壌名物の犬鍋をいただくことにしました。
犬鍋!
犬鍋だけかと思いきや、ユンさんが気を遣って(?)犬づくしにしてくれました。こんなに食べられへん><
(北朝鮮では、中国と同じく残すのがマナーだそうです。)
・・・
おでんに牛すじという具があるけど、あのコラーゲン質じゃない部分みたいな食感&味です。コンビーフのような繊維質な肉質。
犬足はまんま豚足です。
どの料理にもコショウの実が乗っていて、濃いめの味つけがされているので、もともとはけっこう臭みの強い肉なのかもしれません。
この続きです。
・・・
南浦名物ハマグリのガソリン焼きの作り方。
ハマグリをむしろ(?)の上に並べます。

ガソリンをかけて火をつけてできあがり。火が消えてから、1つ1つ手で開いて食べます。
これおいしい!
貝殻からはときどきガソリン臭がすることがあるけど、中身は大丈夫そう。
(ちょうつがいの部分を上にして並べるのはそのため?)
地元の人がこれを作るときは、車からポンプでガソリンを抜いて使ったりするみたいです。
「これそのまま食べるとおなかをこわすことがあるので、焼酎を飲んで殺菌するんです。」
火の通りの悪いものがあるからかな?
「あ、これ焼酎じゃなくてウォッカですね。」
アルコール度数40度。
次の日おなかの調子が悪くなったのは何のせい?
この続きです。
あと3回ぐらいで終わりなので、機会がなくて拾いもれてしまったネタをまとめて出しておきます。
・・・
携帯電話は去年から本格普及が始まったそうです。
「それ以前からもあったんですけど、何の事情かわからないけれど、一時的に使えなくなっていたんです。」
相手の番号を指定してメールも打てるそう。SMSかな?
料金は後払いで、使った分だけ通信局(日本でいう郵便局にあたるものらしい)に払いに行きます。
北朝鮮では火力発電がメイン。自国でとれる石炭で発電しているそうです。こういうところもモンゴルっぽいです。
発電所では電気を作っているだけじゃなく、発生した熱で水を温め、パイプラインで家庭に熱を送るのだそう。社会主義的オンドル?
(アイスランドでは温泉で似たようなことをやってました。)
慢性的なエネルギー不足に悩まされているので、現在原子力発電を研究中。実用化はまだされていません。費用対効果のうすい太陽光発電などは研究する余力がないそうです。
左の女性はリピーターさんのガイドの黄(ファン)さん。現在彼氏募集中だそうです。
(右はうちのガイドのチャンさん。)
北朝鮮でも合コンはあるそうです。
「そういえば友達でこんな話がありました。気になる男性が病気になって、薬を渡す名目で会いに行ったのに、肝心の薬を持って行くのを忘れてしまいました。それが元でふたりは結婚することになったんです。」
あと、中国と北朝鮮の国際結婚はたまにあって、中国に住むパターンと北朝鮮に住むパターンの両方があるそうです。日本人との結婚は聞いたことがないと。
血液型で性格を診断するのは日本だけという話を聞いたことがあったけど、実は北朝鮮にもあります。
北朝鮮の人にはB型の人が多いそうで、ここではB型は勇猛果敢な性格ということになっています。
(最近O型の人も増えてきたそうです。外の血が入ってる?)
北朝鮮を走る自動車には、ベンツやシトロエンなどのヨーロッパ車もあれば、トヨタやホンダなどの日本車もあり、韓国のHYUNDAIやインドのTATAの車もあります。
バリエーションは豊かやけど、軽自動車は見ませんでした。
あと、平和自動車という韓国との合弁会社が、数は少ないながら国産車を作っています。
ガソリンスタンド。一般的な国のとはちょっと雰囲気がちがいます。
ガソリンは中国・ロシアから列車を使って輸入しているそうです。
この続きです。
あと2回ぐらいで終わりです。
・・・
入国は列車やったけれど、帰りは高麗航空。
ほとんどの機体が30年以上前のソ連時代のもので安全基準を満たしていないとWikipediaにあったので、滞在中より帰国が正直こわかったです。
唯一新しいのが、ツポレフTu-204という2008年導入の機体。これに当たって!と願っていたら・・・
当たった!!
この機体番号P-633は、Wikipediaの「確認されている機体番号」に載っていなかったので、追記して今の写真にリンクを張っておきました。
「ソ連時代の飛行機は、シートベルトもシートベルトの体をなしていなくて、救命胴衣の着方とかも実物を使って人が説明していました。」
とリピーターさんは教えてくれました。
・・・
平壌空港は撮影禁止のはずでした。
でも中国の観光客の人たちが、警備の人の見ている前でもあちこちパシャパシャ撮ってて何も言われてないので、いろいろ撮りました。
出国手続きのうしろがそのまま出発ゲートになっています。
バスで移動するタイプです。
・・・
出国カードにいろいろ記入漏れがあったのに、そのまま出国管理のゲートを通れてしまいました。
出発ゲートのいすで待っていると、
「すみません。ここに記入をお願いします!」
と出国管理のおにいさんが申し訳なさそうに出国カードを持ってきてくれました。
記入してからしばらくすると、
「何度も申し訳ありません!」
とまたまた空欄を見つけて持ってきてくれました。
めちゃいい人!こんな低姿勢な出入国管理の人を見たことがないです。
・・・
機内食。ツナマヨ的なものがはさまっています。北京までの2時間のフライトなので、軽食です。
飲み物はサイダーと水だけ?
ぐるっと見回した感じ。
・・・
帰ってからWikipediaを見てみると、
2010年3月にEUはツポレフ Tu-204の2機による運航を認めると発表した。
という一文が追記されていました。
この続きです。
次ぐらいで終わりです。
・・・
平壌のはずれの万景台(マンギョンデ)にある金日成主席の生家。
まずしい農家の出で、この家で同居していた親戚の人たちの中にも、日本帝国軍の拷問で殺されてしまったという人もいたようです。
ここで育った抗日軍の英雄によって、今の北朝鮮は建国されました。
・・・
「日本は幸せすぎるんです。」
とユンさんは言います。
日本と同じく第二次世界大戦の敗戦国であるドイツは東西に分断されたのに、日本はそうはならなかった。
戦後日本は米軍の保護を受け、軍事にお金を使う必要がなかったため、高度経済成長を成し遂げることができた。
対して朝鮮は日本帝国軍の被害者であった上に分断までさせられ、軍備もすべて自前で行う必要がある。
・・・
チャンさんはどうして日本語のガイドをされてるんですか?
「・・・本当は日本語はやりたくなかったんです。」
もともとは貿易の仕事がしたくて平壌外国語大学に進学し、そこで英語学科を志望したけれど、先生から1時間半ぐらい説得されて日本語学科に入ることになったそうです。
(人数枠の制限があるので。)
これから日本は技術も進んでいくし、日本語を使える人材は必ず重宝されると。
「ところがそのあと、大韓航空機の爆破事件や拉致問題があって、日本との国交は途絶えてしまいました。」
話がちがうじゃないかと。
「国と国の仲が悪いのは自由ですが、個人同士が嫌い合う必要はないと思うんです。」
・・・
そういえば、山に木が生えていないのは昔からなんですか?
「私が小さいころからこんな感じでしたね。お年寄りは昔は木が多かったって言っていますけどどうなんでしょうか。日本軍が根こそぎ材木として持って行ったという話もありますが、よくわかりません。」
・・・
博識なチャンさんが山口県を知りませんでした。
実はうちの近所に(韓国統監府の)伊藤博文の生家があるんですよ。
「・・・もしかして長州が山口県なんですか?」
今はそう呼ばれています。
「山口県出身の首相はほかに誰がいますか?」
最近では安倍さんがそうでしたね。
「・・・だとしたら、山口県は朝鮮の人がもっとも嫌いな場所かもしれませんね。」
伊藤博文だけじゃなく、安倍さんも嫌われてるんですか?
「小泉さんが国交正常化交渉をしに来たあとの国会答弁で、小泉さんにいろいろうるさく言っていましたよね。」
(それは知らなかった><)
じゃあこちらでは、小泉さんの評価は高いんですか。
「そうですね。」
・・・
あと、金日成主席は「男はつらいよ」のファンだったそうです。
この続きです。
これで終わりです。
・・・
平壌には玉流館という、北朝鮮で一番有名な冷麺のお店があります。
(今回そこでは食べられなかったけれど。)
かつてチャンさんが担当した日本人旅行者が、そこの冷麺をおいしいと言っておかわりしたそうです。
なのに帰国後に彼が新聞に投稿したという記事を読むと、「玉流館の冷麺はまずかった」と書かれてあったそうです。
彼が再度北朝鮮を訪れたときにそのことをたずねてみると、「私はあんなことを書いた覚えはないのに・・・」と。
・・・
「インターネットに今回の旅行のことを載せるなら、いい印象になるように書いてください。」とユンさんは言っていたけれど、チャンさんは「見たままを書いてもらったらいいです。」と言っていました。
ユンさんも「いい印象になるように」なんて言わなければいいのにと思ったけれど、よくよく考えてみると、日本の人に北朝鮮のことをよく思ってほしいという気持ちがあること自体、反日ではないということの表れやなと気づきました。
・・・
今回の旅行記も1か月ほどかけて書いていれば、見聞きしたことの整理がつくだろうと思っていたけれど、ここまで来てもまとめらしいまとめができないです。
見聞きしたことはそのまま書けるけど、そこから何かを言おうとすると、とたんに不確かな領域に踏み込んでしまうので。
そのたびにリピーターさんの「ここは来るたびにわからないことが増えるんです。」というせりふを思い出してしまいます。
なので今回は、旅行中ずっと疑問に感じていたことで締めたいと思います。
そもそも社会主義と資本主義って、殺し合うほどの意見のちがいなん?
GW旅行帰りの北京でのトランジットの話です。
上司には「北京に行ってきます」と言って出てきたので、ある程度北京の思い出を作っておきたいところ。
タイムリミットは3時間。
故宮!
チケット売り場に行列ができています。1人60元。(1元は約13円。)
ここでおっちゃんが近づいてきました。70元出せば並ばずにチケットが買えるぞと。
・・・よし、どんな結果も受け入れる!
すでに買ってあるチケットを渡されるのかと思いきや、おっちゃんは行列の先頭あたりに割り込んで、無理やりチケットを買ってきてくれました。
料金は後払いやし、偽物でないこともわかって良心的!
ラストエンペラー!
何度門をくぐっても、似たような景色が繰り返されます。無限ループ!?
門に次ぐ門!
門門門門!
門門門門門門門門!
突き抜けた!
あれ?博物院ってどこにあったんやろ?
先週末は泊まりで小豆島のオリーブマラソンに行ってきました。
姫路メンバーと、姫路から東京に移ったメンバーと、その後輩の子との12人。
前夜の宿や帰りのフェリーは大富豪で盛り上がりました!
・・・
単純に12人で大富豪をすると、1人あたりに配られるカードが少なくてゲームになりません。
そこで苦肉の策で提案されたのが、2人ずつペアを組んで6チームで対戦するという方法。
これけっこうおもしろいです。
作戦を共有できる相手がいるので、ああでもないこうでもないと場がにぎやかになります。
誰かがトイレに抜けたりしても、ペアの人が残っていればゲームが中断しません。
一度メンバーの半分が飲み物の買い出しに出たときには、ゲームは継続しているものの、場がしーんとさみしくなってしまいました。
これがノーマルの大富豪の姿なのかと。
・・・
結局マラソンは、大雨で走らないことになってしまいました><
姫路所属で九州に長期出張中のライダーくんが、今日
車で山口を通りがかるということで、「ごはんいっしょに
どうですか?」と誘ってくれました。
ひさしぶり!
・・・
うちは昨日も職場の人たちと山登りに行っていたりして、
こっちの生活を満喫していたつもりやったけど、
今日ライダーくんと話していて改めて気がつきました。
自分って、こんなに会話に飢えてたんや・・・
それもいつもの聞く方ではなく話す方に。
日ごろわりと人としゃべれてると思っていたけど、やっぱり
メインは聞き役。こちらの発言としては、本質が伝わったか
伝わっていないかわからないぐらいの断片的なやりとりしか
できてなかったんやわ・・・
途中で話題を切られたり、あらぬ方向にテーマ変更させられたり
することなく、ある程度の大きさの意味内容をちゃんと
受け止めてもらえたのはひさびさの経験だった気がします。
・・・
「今度沖縄に行きませんか?」
おっ、ひさびさに動き出しますか!
こういう感覚にも飢えていた気がします。
ラジオとかで、昔聴いていた曲が流れていると、その当時の
ことを思い出したりします。
そういう曲を「時代のアンカー」と仮に呼ぶことにします。
たとえば1980年にAという曲がはやったとして、それが
自分の中のその時代のアンカーになっていたとします。
聴けば1980年の自分を思い出すと。
ここでもし2000年以降ずっとAという曲しか聴かなかったと
すると、2000年以降を指すアンカーってなくなって
しまうんかな?
それとも、Aという曲を聴くと、1980年と2000年以降の両方を
思い出すようになるんやろか?
最近昭和のヒット曲のCDを買い集めている父を見て、
なんとなくそんなことを考えていました。