いろいろあって、旅行がGWをはみ出てしまいました。
ひさびさに1回の旅行でメモ帳1冊使い切りそうなぐらいの
濃さになったので、たぶん5月の日記ははほとんど今回の
旅行記に費やされると思います。
最近は旅行記期間中の日記にはほかのことは一切書かない
ようにしているので、その前にちょっとお知らせ的なことを。
来週から月の半分ぐらいを東京で暮らす感じになるかも
しれません。
できたら自転車持っていきたいな~。
いろいろあって、旅行がGWをはみ出てしまいました。
ひさびさに1回の旅行でメモ帳1冊使い切りそうなぐらいの
濃さになったので、たぶん5月の日記ははほとんど今回の
旅行記に費やされると思います。
最近は旅行記期間中の日記にはほかのことは一切書かない
ようにしているので、その前にちょっとお知らせ的なことを。
来週から月の半分ぐらいを東京で暮らす感じになるかも
しれません。
できたら自転車持っていきたいな~。
このGWの旅行記です。
うちの学生時代のころからずっと内戦をしていて、外務省のページでも長年全域に退避勧告が出たままです。
ですが、中にエチオピアと国境を接するようにソマリランドという非独立国のエリアがあって、そこは比較的安全だといううわさを聞いていました。
もし現地でも安全という話が聞けたのなら、今回行ってみてもいいかなと思っていました。
アジスアベバの空港には、ありがたいことに旅行案内所がありました。
この国の全般的な情報の書かれたリーフレットみたいなものがあったり、受付の人が相談に乗ってくれたり。
そこでちらっと聞いてみました。
ここからハルゲイサ(ソマリランド首都)に行くことはできますか?
「あそこはいいところですね。ここからだとスカイバスかサラムバスでまずは国境近くのジジガという町に行くといいです。」
やっぱり行けるんやね!
時間はどのぐらいかかりますか?
「朝5時に出て、夕方の5時ぐらいに着きます。」
ジジガまで距離にして500km以上あるから、アフリカの道路事情だと2日ぐらいかかってもおかしくなさそうやと思ったけど、そんなんで着けるんや!
じゃあ今回はハルゲイサを目指してみようかな。
スカイバスもサラムバスも、アジスアベバ中心街のマスカルスクエアというところにあって、その近くのホテルもいくつか教えてもらいました。
そうと決まればビザ申請やね。
事前情報なしでの大使館探しは経験的に1日作業になることがあって、そうなると移動も含めて日程的にきつくなってしまうので、大使館の場所だけは事前に調べていました。
空港から歩いて行けるエリアにあるので便利・・・
のはずが、その場所にない!
その敷地の隣にあったアメリカ大使館の警備のおにいさんに聞いてみると、ソマリランド大使館は最近引っ越したとの話。
引っ越し先の情報からすると、ソマリア大使館のことかな?
・・・と思って行ってみると、ソマリア大使館とソマリランド大使館はやっぱり別にあるとのこと。
ソマリア大使館の近くにいたおっちゃんに案内してもらって、ソマリランド大使館に到着!ありがとうございます!
申請用紙にいろいろ記入。
あと、写真1枚と申請料金が40米ドル。現地通貨ではだめだと。
米ドルなんて持ってないです!!と思ったら、東ティモールのときの持ち越し金に10ドル札がちょうど4枚あって、ぎりぎり払えました。
「13時すぎにまた取りに来てください。」
やっぱり朝早くに申請しておいてよかったー。今日中にビザが手に入るということは、明日の朝一のバスを取ってしまっていいということやね。
この続きです。
ソマリランド大使館にパスポートを預けて、バスやホテルがあるというマスカルスクエアに向かって歩きます。
ちゃんと戻ってこられるように、道順をメモしつつ。
5月16日にアフリカ連合(EUのアフリカ版みたいなもん?)の会議がこの町であって、それに間に合わせるために急ピッチで工事を進めているのだと聞きました。
空港の旅行案内所の人が持ってはった地図がマスカルスクエアの近所で買えると聞いたけれど・・・
と、うろうろしていて出会ったのがレゲエのDJをやっているというハイハイさん。アジスアベバ大の大学院生さんだそうです。
(エチオピアの東大みたいなもん?)
ちょっとお金に汚いところがあるけれど、それはこういう国だったらしかたがない。
それを補ってあまりある知性や知識に賭けて、案内してもらうことにしました。
まず探していた地図はすぐにゲット!
次にバス。スカイバスに行ってみたら、ジジガ行きの便は出してないそう。続いてサラムバスへ。ここで明日の便のチケットをゲット!
そして宿にチェックイン。安いけど、ちょっと汚い。ここはハイハイさんのおじさんがオーナーさんなのだそう。
ごはんはおごってあげるので、どんどん食べなはれー。
なんかわからないけど、こういう葉っぱを食べたり。これが意外と高い。謀(はか)ったな!?
で、ソマリランドビザを取りに行って・・・
カフェでエチオピアコーヒー!これ本当においしい。
「コーヒー」という名前の元になったカッファ地方というのがエチオピアにあるので、ここがコーヒー発祥の国。
キリマンジャロのコーヒーは、質のいいのは全部輸出に回されて、地元にあんまりいいのが残らないと昔タンザニアで聞いたんですけど、こっちはどうなんですか?
「エチオピアも昔はそうだったけど、今は地元にもいいのがまわるようになったんです。」
右の建設中のビルはカダフィ大佐の資産だそう。暗殺されてからは建設がストップしているのだとか。
ナショナルミュージアム。人類の最初の祖先と言われていたルーシーの骨があるそう。運の悪いことに、ルーシーは今アメリカに貸し出し中って><
「ルーシーは国の貴重な財産なんですけど、扱いは微妙なんです。ここの主な宗教であるキリスト教では進化論を認めていませんから。」
雨降ってきたー。
名物?ハニーワイン。あらごし梅酒っぽくてなかなかいけます。
明日は朝が早いし時差ぼけで眠いので、夕食も取らずにこの日は寝ました。
この続きです。
今のアフリカが10年前と大きくちがうのが、中国の資本で発展してきているということ。
発展することが必ずしもいいことなのかという話はあるにしても、「救われない人」の数は国が発展した方が少なくなるということは言えそうです。
なぜアフリカで中国の資本が受け入れられているかというと、中国が独裁者を批判しないからだといいます。国のトップが中国を受け入れやすい。
エチオピアは一応民主主義の国ではあるけれど、野党が弱くて、与党の得票率が90数パーセントにもなるといいます。なのである意味一党独裁。
テレビやラジオも国内の局は政府が掌握していて、プロパガンダ的な放送をずっとやっているのだとか。
(海外の衛星放送を受信することは禁止されていない。)
そして道路工事は、中国のマオイスト(毛沢東主義者)とドイツが主に請け負っています。
トップの人には受けがいい中国人ですが、町の人の評判はここでもあまりよくないようです。
北京からエチオピアに向かう飛行機では、まわりはほとんど労働者っぽい中国人でした。
床にたんを吐いたり、ヘッドホンで機内放送の映画の音声を聞きつつ、スマホのスピーカーから大音量で音楽を流したり、朝の機内食の前にでっかいカップ麺を作ってたり、なんかめっちゃフリーダム。
離着陸時の電子機器の電源OFFの注意とかもまったく聞かないし、行った先でもこういうルール無視の態度やったら嫌がられるやろなあ・・・
でも、機内食のお盆の受け渡しとかで軽いやりとりをすると、意外と気のいいあんちゃんみたいな感じで嫌いじゃなかったです。
アフリカの人に仕事をしてもらうのは一筋縄ではいかへんやろから、几帳面な人よりこういう人が行った方がうまくいったりするもんやろか?
この続きです。
エチオピアは今でこそ内陸国ですが、20年ぐらい前までは海がありました。
そのあたりのことは高校の地理で習ったので知っていたけど、実際地元でどんな感じなのか聞いてみました。
ここからエリトリアって行けるんですか?
「エチオピアからは国境が閉鎖されていて直接は行けません。」
エリトリアって、どういうところなんですか?エチオピアと宗教がちがったりするんですか?
「宗教は同じで、民族も同じです。私の両親はエリトリアに住んでいますし。エリトリアは失敗国家です。エリトリアの独立でエチオピアは25%のものを失いましたが、エリトリアは75%のものを失いました。」
ほかに、エリトリアがまたエチオピアに併合されるだろうという話も聞きました。
エチオピアは海がなくなって、何か問題とかないんですか?
そしてこのことで、エチオピアの農家の人がもうかっているといいます。
外国からの輸入品にはジブチの港の利用料が上乗せされて高くなるので、国内の農産品が値段を少し上げてもちゃんと売れるからということのようです。
「2年後には青ナイルにダムが完成します。そこで作った電力を輸出したもうけがジブチの港代にあてがわれる予定なので、この状態も今のうちですね。」
ちなみにエチオピアは今でも水力電力がメインで、それには日本の会社が関係しているそう。
電力供給は各地で安定していて、停電は落雷のときなどに限られるそうで、今回の旅行中でも確かにその通りでした。
この続きです。
朝5時のバスに乗るために、3時に起きて準備をします。
時差ぼけのおかげ(エチオピアの3時は日本の9時)で時刻的にはそれほどきつくないけど、そもそもほとんど眠れませんでした。
外は涼しいのに部屋はちょっと蒸し暑くて、あといろいろ虫も多くてふとんが信用できなかったので。
到着初日はもっと奮発していいとこ泊まっとけばよかったかな・・・
あと、夕方からずっと雨だったのと干し時間が短いのとで、ドライヤーを使っても洗濯物が乾かず。2着じゃなくて3着ローテーションにしといてよかった・・・
外の雨音がひどいので、リュックにレインカバーを。
だいたいエチオピアの宿では、敷地の入り口にバリケードみたいなドアがあって、夜間は内側からも簡単には出られないようになっています。
(写真は別の日の宿。)
このドアのせいでバスに乗れなかったなんてことにならないように、前日のうちに宿の人とやりとりをしておいたので、ここはすんなりクリア。ちょっと話とちがったけど。
日の出前のまっ暗な町を30分ほど歩いて、サラムバスのオフィス前に到着。物売りの男の子が来ていたので、朝食用にビスケットを買いました。
5:00。バスは来ません。オフィスの中の人に聞いてみると、ここで待っていればいいらしいです。
まわりの人はみんなジジガに行く人たちだと思っていたけど、人の動きを見るとどうもそうでもないようです。
5:19。オフィスの扉が閉まってしまい、人がそこに群がって何か文句を言っています。現地の言葉(アムハラ語?)のようで聞き取れません。
もしこのバスに乗れなくても、バス代なんて知れてるので、今回はハルゲイサ行きをあきらめて国内を軽くまわるような旅行にしようかな。
とすると、今日はアジスアベバにもう1泊して、ゆっくり聞き込みやね。
5:23。誰がオフィスの人で誰が乗客なのかはわからないけど、ジジガ行きはやっぱりここで待っていればいいという話を聞きました。
5:35。「ジジガ行きの客か?」と聞かれ、「ならこっちだ」と連れられてバスに。外国人旅行者は自分だけっぽいです。
5:48。出発。1時間ぐらい遅れか。予想の範囲内。
7:13。車内でチケットのチェック。
「このバスはジジガ行きじゃないぞ。でもまあ・・・乗っとけ。」
ええっ!?なにそれ??乗るときにこのチケットのチェックしてたやん!!
この続きです。
このバスを指さして「ジジガ?」と聞くと、まわりの人たちはみんな何か同じせりふを言っているので、それがこのバスの行き先の地名なのかな?
これまでバスの進んできた方角からすると、ジジガ行きと同じ道路を走ってはいるようです。
ジジガより遠くに行くバスはない気がするので、手前のどこかかな?でも出発の朝早さからすると、そんなにすぐ着く場所でもない気はします。ジジガのちょっとだけ手前行き?
7:33。途中のAdama?という町を通っているとき、乗っていたバスの脇腹にミニバスが突っ込んできてぶつかりました。
がっしゃーんという感じではなく、ごつっという感じ。
エチオピアの車はあちこちへこんでいることが多いので、こんなのはノーカウントなんやろうと思っていたけど、警察の人がやってきていろいろ現場検証をしています。
ぶつかった場所の地面にチョークで線を引いてたり。
意外ときっちりしてるんやなあ・・・
7:47。いつまでやってるんやろと思っていたら、バスが動きだしました。15分ぐらいのロスですんでよかった・・・
7:52。しばらく走ったところで、バスが路肩に止まりました。そこでまた警察の人が来て本格的にいろいろやっています。エンジンも止まりました。
これはまずいな・・・
もともとの予定では、アジスアベバ朝5時発で、所要11時間のバスなので、ジジガには16時に着く予定でした。
まず出発が1時間ぐらい遅れたので、うまくいっても到着は17時。
この事故のなんやかんやで1時間ロスをしたとすると18時。東に進んでいるので日の入りはアジスアベバよりも早くなります。
すると、宿探しは日暮れ後になってしまいます。
アフリカの見知らぬ町で夜の宿探しって、一番やりたくないパターンやわ・・・ジジガは地図も持ってないし・・・
というかそもそもジジガに着けるのか?
8:14。「おいジジガ!」と呼ばれてバスを降りました。
乗っていたバスのあとから同じようなバスがやってきて、そっちに乗り換えるように言われました。
どうやらこれがジジガ行きのようです。
思いがけない成り行きで事故のごたごたから逃れることができて、しかも行き先もジジガに確定したので、ちょっとだけひと安心。
前のバスで小さい男の子と仲よくなって遊んでいたので、それがちょっと心残りではありました。
この続きです。
本当のジジガ行きのバスに乗り換えるとすぐに、車内でパンと水が配られました。
このバス朝食ついてたんか~。
たまにトイレ休憩あり。ただしトイレは野原で。車内にもトイレがあるけど、誰も使ってるのを見たことがないです。使えへんのかな?
バスの前方には時計がついているけれど、実際の時刻とは数時間ずれています。乗り換え前のバスもそうやったけど、どうも出発してからの経過時間っぽいです。
お昼休憩で食堂のあるところに停車。同じようなバスが何台か止まっていました。
食堂のテーブルはお客さんでいっぱいやし、あまり食欲もないので、水と朝買ったビスケットだけで昼食を。
バスが出るまで木陰で休んでいると、おねえさんがやってきて、「ジジガ行きのバスがさっき出て行ってしまったけど大丈夫?」と心配してくれました。
うちの行き先を知ってはるってことは、このおねえさん、朝の交通事故のバスに乗ってはった方かな?
今乗ってるのはその後ろのバスなので大丈夫です!
優しいなあ。
湖?を横目に見たり。
奇岩地帯を通り抜けたり。
経過時間表示?が予定の11時間を超えてもジジガに到着しないまま、日が暮れかかりました。
そして表示が12時間を過ぎた18時ごろ、ようやくジジガの町が見えてきました。
この続きです。
バスが目的地のジジガの町にさしかかったのは、日の暮れかかった18時ごろでした。日本時間の24時。
体内時計がまったく日本のままなので、めっちゃ眠いです。
とにかくどこかに宿がないか、バスの中からずっと目をこらしていました。
まず町に入ってすぐあたりにXAMDAホテルというのを発見。大理石っぽいたたずまいからして、ここならそれなりに安心して眠れそうな部屋がある気がしました。
そのあとも、ホテルと名のつくところをいくつか通過。全体的にぼろめかな。
最後、屋外食堂つきのホテルを横目に、バスは終点に到着しました。18:18。
もう疲れたので、この屋外食堂つきのところでいい!
と思って聞いてみたら、今日はもういっぱいと。
日本ではこの時期、「昭和の日」とか「憲法記念日」とか日本的な祝日で連休になっているけれど、エチオピアでもこの時期はイースター(キリストの復活祭)のお祝いで休暇を取る人が多いのだそう。
もしかして一番宿が取りづらい時期!?
ちょっと歩いたところでもう1軒あたってみると、そこには空き部屋がありました!
もう肌寒いので、ホットシャワーが浴びられるところがいいと思っていたけど、それはないと。じゃあ水シャワーなのかと思ったら、シャワー自体ないと。
あるのは水バケツのみ。電熱線で温めるとかそういう温情もなにもなし。
連日の大移動で疲れてて、しかも眠いときにそれはきついわ・・・
でも宿なしはもっときついので、とりあえず保留にはしておいて、もう少しがんばってみます。
ちらほら宿はあるけど、外観からしてさっきの水バケツ宿とランクが変わらないっぽい。外国人観光客の来ない町だからなのか、ターゲットをエチオピア人メインにしてそうです。
それならだいぶ遠くなるけど、最初にバスから見えたXAMDAホテルを目指してみようかな・・・
もうどのへんだったか覚えていなかったけれど、ひたすら歩いてなんとか到着。もうあたりは真っ暗です。
シングルルーム空いてますか~。
「空いてません。」
ダブルでもツインでもなんでもいいです。
「それも空いてないですね。」
えー。
この続きです。
これより向こうにもう宿はなかったはずなので、あとは戻るしかないです。
もう水バケツ宿は遠いなあ・・・手近なところから手当たり次第空きを当たっていった方がいいか・・・
そしてしばらく探してなんとか空きありの宿を発見。
水シャワーやけど、ベッドに蚊帳(かや)がついています。
「マラリア対策だよ。」
やっぱりここは感染地なのか・・・
外は肌寒いのに、窓がないからか部屋の中は異様に蒸し暑いです。暑いからといってドアを開けっ放しにしておくと、蚊が入ってきます。
トイレには紙がなく、流す水も外のタンクから自分でくんでくるタイプ。洋式やけど、上げ下げできる便座がなくなっています。
浴室兼トイレエリアは床が土間みたいになっていて、服をそのまま置いておくと汚れます。かといって引っ掛けるフックとかもない。
家具類にもほこりがたまっていて、ここに衣類を引っ掛けても汚れそうです。こういうのを拭こうにも、貴重なティッシュを消費したくないです。
もちろん石けんとかタオル類も何もついていません。
ひとつひとつは「途上国あるある」かもしれへんけど、今の状況でこれだけ重なると、わずらわしいことこの上ないです。
逆にいい点を挙げると、アジスアベバの宿にあれほどいたゴキブリがいないことと、蚊帳に穴が開いていないことと、コンセントがちゃんと使えること。
(配線むき出しで壁から飛び出してはいたけれど。)
もうほかをあたる元気もないので、ここでいいや・・・
フロントで手続きをするついでに、ハルゲイサへの行き方を聞いてみました。
「まずはちょっと休憩してきなよ。」
じゃあシャワーを浴びてきます。
冷たいシャワーと、やりにくい洗濯に気力も体力も奪われ、ぐったりしてフロントに戻ろうとすると、フロントの建物のドアが開かない。
じゃあ外でごはんでも・・・と思ったら、敷地の出口のバリケードドアにもロックがかかっていて出られない。
もう寝よう・・・
この続きです。
・・・と思いきや、まだ日は変わりません。
地下牢のような真っ暗な部屋で寝ていると、ドアの外から誰かが呼んでいます。
・・・もう明日にして・・・
・・・そうか。ハルゲイサだけじゃなくて宿代のこともあるのか。それならと気力で起きて出ていきました。
ハルゲイサについては、手短にいえば
「バスターミナルからバスに乗って国境のトゴチャレというところまで行けばいい。」
とのこと。
簡単に書いたけれど、実際にはこの宿の人が何を言っているのかものすごくわかりにくかったです。
話が要領を得ないからか、歯が抜けているからか、なじみのない単語がまざっていからか、自分が寝ぼけているからか。たぶん全部。
例えば
「バスターミナルへはバジャッジで行ける。」
というけれど、バジャッジが何かわからない。聞いても説明がよくわからない。
でも押し問答しているうちに気がつきました。
ジジガにはアジスアベバにはなかったタイのトゥクトゥクみたいなのが走っているけど、あれがタイのといっしょでBajajというメーカーのでした。あれのことか。
なんだか余計に疲れて目が覚めました。体調もよくないです。
風通しが悪いからか、洗濯物も乾いていません。これからの作戦を練ろうとか、聞いた話を思い出しつつメモしようとかいう意欲もわきません。
最近の旅行では全身シャンプーを使っていて、うすうす気がつきつつあったけど、これシャンプーとして使っても皮脂が全然落ちてないっぽいです。
念入りに洗って髪を乾かしても、指を通すと指がてかてかするんです。指通りも悪くて、髪を洗い忘れたのと同じような感じに。
書けば単にそれだけのことやけど、これが意外なぐらいストレスになっています。
しんどいのでもうしばらく休んでいたい気もするけど、この宿にいるとトイレすら安心して使えなくて気が滅入ってくるので、とりあえず出ることに。
・・・と思ったら、バリケードドアのロックに阻まれて出られない。開けてもらおうにも人がいない。
日程的なことでいえば、今日は朝から急ぎで情報を集めて、午前中にはハルゲイサに向けて出発した方がいいに決まっているけれど、今日は時間に追われずゆっくりしたいです。
そこで昨日満室だったXAMDAホテルのことを思い出しました。
今日チェックアウトする人が0人ってことはないと思うので、朝のうちに行けば、その空きに入れるかも。
バリケードドアが開くのを待って、XAMDAホテルに向かうと、思惑通りシングルに空きが出ていました。
部屋ひろーい。窓がついてて明るい!風通しがよくて蒸し暑くない!
こんな早朝でベッドメイキングがすんでいたところを見ると、もしかしたら昨日からこの部屋空いてたんちゃうかな??
ホットシャワーもついてるし、トイレの便座はなくなってるけど、流すのはふつうにできるし、トイレットペーパーも潤沢にあります。
クローゼットがあって、ハンガーもいっぱいあるので、昨日おととい乾かしきれなかった洗濯物もまとめて全部干せます。
そして食堂が併設になっている。
今回の旅行で初めてひと息つけそうな場所を確保できました。
この続きです。
今後の動きを決めるために状況の整理をしておきます。
アジスアベバで買った地図からすると、ここジジガから国境のトゴチャレまでは約50km。そしてトゴチャレからハルゲイサも約50km。
アジスアベバからジジガまでは"Asphalt"という最上ランクの道路だったので1日で600kmも進めたけど、ジジガからトゴチャレまでの道はその1つ下の"Allweather Road"。「雨でも通行不能になるほどにはぬかるまない」という意味かな?
50kmとはいえ、すんなりとはいかないかもしれません。
そしてさらに心配なのが、トゴチャレとハルゲイサの間に道が描かれていないこと。
エチオピア外だから地図として手を抜いているとも考えられるけど、ソマリランド内でもほかのところには道が描かれています。
ジジガ-ハルゲイサ間は、距離はそんなでもないけど、移動にはまる1日かかると読んでおいたほうがいいかもしれません。国境の手続きでも時間かかるやろし。
その前提で日程を組んでみると・・・
5/1 ジジガ2泊目
5/2 ジジガ→ハルゲイサ
5/3 ハルゲイサ→ジジガ
5/4 ジジガ→アジスアベバ
5/5 早朝1:45発の飛行機でエチオピアを出国
未知の部分が多い中、この1日の猶予もない旅程は危険やなあ。どこかで飛行機を使えれば・・・
XAMDAホテルに荷物を置いて、情報収集に出かけました。
ここまではいいです。こまったのが次の情報。
ざっくり高額紙幣だけ言えば、今財布の中には100Birr札が21枚入っています。
(1Birrは約6円なので12000円ちょいぐらい。)
両替屋も見かけないけど、あったとしても米ドルはあと1ドル札しか持ってないし、日本円はアジスアベバの空港でも取り扱っていなかったので、ジジガで両替できるはずがない。
ハルゲイサでもクレジットカードが使えることをあてにしない方がよさそうです。
とすると、100Birr札21枚でアジスアベバに戻るまで持たさないといけません。
以下ざっくり100Birr札の必要枚数。
アジスアベバへのバスで4枚。
アジスアベバへの飛行機で13枚。
XAMDAホテル1泊で4枚。(水シャワーホテルだと2枚。)
よくわからないけど、ハルゲイサまでの交通費が4枚で、ハルゲイサでの宿も4枚と見積もると・・・
5/2 ジジガ→ハルゲイサ・・・21枚-4枚(交通費)-4枚(宿代)=残13枚
5/3 ハルゲイサ→ジジガ・・・13枚-4枚(交通費)-4枚(宿代)=残5枚
5/4 ジジガ→アジスアベバ・・・5枚-4枚(交通費)=残1枚
ぎりぎりすぎる・・・
交通費や宿代の見積もりが甘かったり、国境である額以上の手数料を取られたりすれば、もうアジスアベバに戻れなくなります。
しかもソマリランドには日本大使館もなく、外務省が退避勧告を出しているエリアなので、何かあっても泣きつく先がないです。
すぐそこなんやけど・・・今回ハルゲイサ行きは断念することにしました。
この続きです。
もう前に進まないと決めたとはいえ、現金に余裕がないことには変わりがないので、ATMのあるアジスアベバに早いこと戻ってしまうことにしました。
ということで、エチオピア航空のオフィスで飛行機のチケットを。
明日(5/2)の便はもういっぱい。あさって(5/3)のなら残っているそうです。
じゃあもうそれで!そして急いで宿に戻って、1日分の延泊を申請。
これで財布の100Birr札は、
21枚-13枚(あさっての航空券代)-4枚(明日の宿代)=残4枚
となりました。
残りの日程としては、
5/1 ジジガ2泊目
5/2 ジジガ3泊目
5/3 ジジガ→アジスアベバ
5/4 アジスアベバ
5/5 早朝1:45発の飛行機でエチオピアを出国
こんな感じになりそうです。
まだ不安材料が残っているとはいえ、戻りのめども立ったし、今朝の情報収集で気力も使い果たしたので、部屋で寝込むことにしました。
もう動けない><
熱はないけど、のどが痛くて、お腹の調子もよくないです。
まったく食欲がわかないけど、食べずに寝込んでも回復しない気がするので、お昼はなんとかスープだけでも。もしかしたらと思ってもう1品頼んでいたけど、のどを通らず。
夜もスープ。なにげにおいしいです。
この宿は併設の食堂に水も売っているので、まったく敷地から出なくてもなんとかなるのは助かります。
「健康って大切」
「衣食住の住って大切」
目新しい気づきではないけれど、このとき自分はそんなメモを残していました。
この続きです。
昨日まる1日休んだら、だいぶ元気になりました。
とはいえがつがつ出かけられるほどでもないので、宿の敷地内の木陰で本(電子書籍やけど)を読んでいると、利発そうなおにいさんたちから
「どこから来たんですか?」
と声をかけられました。
ジジガの近くには3つの難民キャンプがあって、ソマリアから逃れてきた人たちが生活をしています。
その中から選ばれたこのおにいさんたちが、この宿で開催されているワークショップに参加しに来ているとのことでした。
まさかソマリア難民の人たちと話ができるなんて!!
難民キャンプには心に傷を負った人たち(主に子供)がいて、カウンセリングを必要としています。
そのためにアメリカの大学からメンタルヘルスの研究者のブライアンさんが来ていて、難民自身の手で難民に対するカウンセリングができるように、その手法を伝えようとしています。
その場がここのワークショップ。
ブライアンさんによると、難民が難民のカウンセリングをするということはあまり一般的ではないということでしたが、個人的にはめっちゃ合理的なアイデアやなと思いました。
このワークショップの期間は1週間で、あさっての土曜で終わりのようです。
ちなみにジジガの通りでUNHCR(国連難民高等弁務官)のビニールシートを見かけました。
たぶんちょっと長くなるので、難民の人たちに聞いたソマリアの話は次に。
この続きです。
ワークショップに来ていたソマリア難民の方は5人ぐらいで、その中でも一番切れ者そうなモハメッドさんに主に話を聞きました。
右がモハメッドさんで、左がイサさん。
(難民キャンプの服は、台湾から送られてくるそうです。)
モハメッドさんは6年前まで首都モガディッシュに住んでいましたが、エチオピア軍の侵攻のときに、こちらに逃げてきたそうです。そのときはまだ高校生。
モガディッシュに行ったことがあるという人ですら今までまったく見聞きしたことがなかったけど、住んでいたという人が目の前にいるなんて・・・
体調が万全でなかろうが、この時間は無駄にしてはいけないと思いました。
モガディッシュは人口300万人の大都市で、アジスアベバよりも都会でした。
内戦は20年以上続いているので、モハメッドさんは物心がついたころから、まわりで人が銃で撃たれて死んでいくのを当たり前のこととして認識していました。
それでもやっぱり知人が撃たれて運ばれていくのを見るのはショックだったといいます。
とにかく「未来の予定を立てることがむずかしい場所」という表現をされていました。
ソマリア沖といえば、今では海賊が出ることで有名です。そのいきさつはこんな感じ。
ソマリア沖では、けっこうたくさん魚がとれます。
本来なら、ソマリアの領海内では外国船が漁をしてはいけないけれど、内戦で無政府状態になったせいで海上を誰も警備しなくなくなったので、イエメンやインドの大型漁船が不法に入ってきて漁をするようになりました。
怒ったソマリアの漁師さんが、海上警備の代わりにその外国漁船を襲うようになったのが、海賊の始まり。
「なんだか最近あいつビルを建てたり車を買ったり、羽振りがいいな。」
「どうやら海賊をしてるらしいぜ。」
と、けっこうお金になることがうわさになって、漁師じゃない人たちからも海賊に転向することも最近は多くなってきました。
ソマリアの話はもうちょっと続きます。
この続きです。ソマリア難民の方のお話です。
銃って、そんなに簡単に手に入るものなんですか?
「あのAK47ってあるでしょう?」
なんですかそれ?
(・・・会いに行けるアイドル?)
「銃の名前です。平和な国の人は知らないんですね!それが300ドルぐらいで売られているんです。」
(今調べてみたら、カラシニコフの一種なんやね。構造がシンプルで壊れにくいホンダのスーパーカブみたいな銃。)
意外とお手ごろ価格・・・でも300ドルだって大金ですよね。
(たぶんこのへんの人の平均年収ぐらい?)
「1000ドルぐらい持ち歩いている人もいるので、強盗すれば簡単に手に入るんです。」
(経済が疲弊しきっているイメージやけど、現金がそんなに流通しているのか。)
「あと教育を受けていない子供が仕事につけなくて、ガンマンから銃を奪って強盗に使ってしまうなんてこともあります。」
モガディッシュからここまではどんなふうに移動されたんですか?
「車です。自分の車ではなくて乗り合いバスのような。いろんな武装勢力(具体的な名前がいくつか挙がってたけど、話の腰を折らないようにメモはしていません)からの襲撃のリスクがあるので、そういう車を出してもらうのには、それなりのお金が必要になります。」
「ソマリアの状況は、だんだんよくなってきているんです。」
日本にいると全然そういう話は聞こえてきてなかったんですけど、それはいい話ですね。平和になったソマリアに行ってみたいです。
「でも私たちはこのあとカナダに行くことになっているんです。」
難民って、そんなこともできるんですか!でもそうなると、将来ソマリアに帰りたいなんて思うものですか?
「そうですね。モガディッシュには家も土地もありますから。」
(ここで友人などの人を理由に挙げないのは、人については「未来の予定を立てることがむずかしい場所」の事情なんだと理解しました。)
今シャンプーを探しているんですけど、なかなか売ってないんです。もしかしてこのへんの人って、頭洗わないんですか?
「そんなことないですよ!シャンプーもあります。もったいないからって、石けんで洗う人もいますけどね。」
石けんで洗ったら髪がきしきしになって余計気持ち悪いんですよねー。めっちゃ短髪ならいいのかもしれないですけど。
「ソマリアにも、ケニアの方から来たアフロの民族の人がいて、その人達は髪の毛を洗わなかったと思います。」
そうかアフロかあ。いつか世界放浪に出かけるときには、坊主かアフロかなあ。
このへんの会話はあとで思い出しつつメモをしたのですが、今回メモし忘れていることがあることにも気づいたりして、今度からは記者さんみたいに録音とかもしようかな。
(実はAK47の値段、300だったか500だったかちょっとあやしかったり。)
この続きです。
途上国全般に言えることやけど、エチオピアの人の仕事ぶりはけっこういいかげんです。
たとえばXAMDAホテルで最初ホットシャワーの出し方がわからなくてフロントの人に相談したところ、フロントの人は近くにいた掃除のおばちゃんに「教えてあげて」と指示を出しました。
(言葉はわからなかったけど雰囲気からしてそんな感じ。)
おばちゃんについて行くと、食堂のおにいさんに「シャワーのことお願い」というようなことを言ってどこかに行ってしまいました。
(これも雰囲気からの想像。)
すると食堂のおにいさんが部屋に来てくれるのかと思ったら、「オーケーオーケー」とか言って何も動かない。
オーケーちゃうわ!
と、おにいさんに部屋に来てもらうと、お湯どころか水の出し方もわかっていなかった・・・というようなことがありました。
明日空港までどうやって行くか。
エチオピア航空の人の話によると、ここから空港まで30kmぐらいあって、イエロータクシーで200Birrぐらいだということでした。
残った100Birr札4枚のうち半分がなくなる計算です。
フライトは10:20なので、8時にチェックインに来てくださいと。そしたらここを7時ぐらいに出るぐらいか~。
そこで昨日宿のフロントの人にイエロータクシーを呼んでもらおうとお願いしたら、
「うちの宿にはシャトルサービスがあって、空港までは無料でお送りしますよ。」
という返事が。それは助かった~。
でも今思い返すと、お願いがあったことをメモする様子もなかったので、明日の朝になっても車が来ていなくて、フロントにも誰もいなくて文句も言えない・・・なんてことになりそうな予感がしてきました。
そんなことでこの飛行機を逃してしまったら、所持金が底をついて、バスでもアジスアベバに帰れなくなってしまいます。
これはなんとかしなくては。
この続きです。
宿の前で、紙のふきんとかの搬入をしている車を見かけました。
そして車のボディには宿の名前が。もしかしたら、この車がシャトルサービスにも使われているんじゃないかな?
運転手のおじいさんに聞いてみると、やっぱりこれで空港にも行くようです。
明日の朝に空港へ行くのでよろしくお願いします!
「おお、そうなのかい。わかったよ。」
(やっぱりフロントから話が伝わっていなかった?)
「ところで何時だい?」
7時です!
「なんで7時?」
(チケットに書かれていた時間を見せつつ、)この飛行機に乗るために8時にチェックインしないといけないんです。
「わかったよ。」
のんびりした感じがのんびりしすぎてちょっと心配やけど、できる念押しはこれが限界のような気がしました。
夕方から大雨が降り始めました。そして雷も鳴りだしました。
そういえば去年ネパールで、雨で飛行機が飛ばなくなったことがあったなあ・・・
これで飛行機が1日遅れたりしたら、宿をもう1日延泊する必要があるけど、その宿代がもうないです。
水バケツ宿なら泊まれるけど、そうすると空港までのタクシー代が必要になって、それが払えないです。
いろいろな不安を抱えたまま、翌朝を迎えました。
この続きです。
朝起きて外に出てみると、いい天気になっていました。これなら飛行機は飛びそうです。
(もし飛ばなかったら、航空券代を払い戻して、そのお金で今日の宿代と明日の早朝のバス代にあてようかと考えていました。逆に言えば、もし飛ぶのなら、払い戻しをあてにすることができないということです。)
6時半ごろ、荷物をまとめて宿のチェックアウトをしようとすると、フロントに人がいません。やっぱりか・・・
近くを通りがかった掃除のおばちゃんに聞いてみたけど、言葉が通じないのか、無反応で何も動いてくれない。ほかの掃除の人もそんな感じ。
自分に与えられた役割以外にはまったく目もくれないといった雰囲気です。
支払いとかは済んでいるので、チェックアウトといっても鍵を返すだけなので、そのへんは最悪どうでもいいです。
シャトルサービスさえ出てくれれば。
フロントに張り紙を見つけました。
「口約束は果たされないことがあるので、予約は書面で行ってください。」
7:00に出たいのに、6:50をすぎても何かが来そうな気配がないです。書面で予約してたらほんまに何かちがったんやろか?
シャトルサービスをあてにせずに、イエロータクシーで行けないかと考えたけれど、通りをイエロータクシーが走っているのを見たことがないので、連絡を取ろうと思ったらフロントの人に頼むしかなさそうです。でもいない。
ちなみにそのへんを走っているバジャッジ(タイのトゥクトゥクみたいな3輪タクシー)では空港までは行ってくれないそうです。
7時直前ぐらいになって、昨日のドライバーのおじいさんが現れました。
これで出発やー!と思ったら、そのままカフェに入ってコーヒーを注文しはじめました。
ちょっとちょっと!
と手を振ってみると、手を振り返してくれました。
いやいやいや!
こちらが何かを言っても、通じているのかいないのかわからない状態です。
こまっていると、昨日のソマリア難民のモハメッドさんが通りがかりました。
「どうしたんですか?」
実は・・・と話すと、ドライバーのおじいさんと話をしてくれました。
「あなたと同じ飛行機に乗る人があと3人いて、今その人たちを待っているそうですよ。なので飛行機に乗り遅れる心配はないですね。」
ありがとうございます!こういうしっかりした人が従業員にいてほしかった!
(英語とソマリ語とアムハラ語が話せるということか・・・)
結局シャトルが出たのは、チェックイン時刻を過ぎた8:06。
16分で空港に着いたので、「空港まで30km」というエチオピア航空さんの情報もちょっと大げさだったみたいです。
いろいろ取り越し苦労をしてしまったけど、なんとかお金が尽きる前にアジスアベバに戻れます!
この続きです。
ジジガを出た飛行機は、途中どこか(ディレダワ?)を経由してアジスアベバの空港に無事到着。
国内線の到着ターミナルにはATMも旅行案内所もなかったので、国際線の到着ターミナルまで歩きました。
(到着ターミナルには外から直接入れないので、国際線の出発ターミナルから入って、建物内のゲートを通って行きました。)
そこのATMで念願の現金を財布にチャージして、旅行案内所?の人に宿を紹介してもらいました。
ジジガのように空港までの移動ができるかどうかを心配事にしたくなかったので、徒歩でもなんとか行ける圏内で。
雨の中、車で迎えに来てくれました。
10分ぐらいでルーシーゲストハウスに到着。
今日はここに宿泊して、明日は深夜の便なので、夜まで休憩できるように2泊分払うことに。
これで帰国までの道筋は一応ついたはずでした。
もう最後やけど、ちゃんと頭を洗っておきたかったので、町でシャンプーを探します。
シャンプーっぽいけどシャンプーじゃないのがけっこうあったり。
機内に持ち込みできる小さいのがないかとお店で聞いてまわったけど、これが全然ない。
今日と明日の2回しか使わへんけど、このでかいボトルのを買いました。
シャワーも即座にお湯の出るハイテクなタイプ。こんなん初めて見たわ~。
ただお湯が熱すぎて、微調整ができないのが玉にきずです。
(温度4段階調整とか書いてるけど、やり方がわからない。)
そこでヒーターのON・OFFを頻繁に切り替えるという力技でこの難局を乗り切りました。
これで完全にさっぱり!
シャンプーひとつでこんなに気分というか体の調子が変わるもんなんやね~。
この続きです。
ルーシーゲストハウスでは、Wi-Fiでインターネットアクセスができました。
今日はエチオピアの実質最終日なので、「旅先ではネットで情報収集をしない制限」をやめて、TripAdvisorアプリとかで周辺のおすすめスポットを調べて行ってみることにしました。
アジスアベバ周辺で一番評価の高い観光スポットだったのが"RED TERROR" MARTYRUS MEMORIAL MUSEUM。
アプリでは位置が全然わからなかったけど、マスカルスクエアの近くを通りがかったときにたまたま見つけました。
エチオピアで民主化運動を起こした人たちが、当時の権力者に大虐殺された歴史を紹介しています。
こんなことがあったんや・・・
初日も来たナショナルミュージアム。
ルーシーがもうアメリカから戻ってきていると聞いて来てみたけど、展示は3日後から。残念><
アジスアベバ周辺で一番評価の高いカフェTOMOCA。
また別のレゲエにいさんと知り合って、いろいろ話を聞いたり。
ローカルなカフェに連れて行ってもらってそこでまたいろいろ。
日が暮れる前に、空港方面行きのミニバスを使って宿まで帰ります。
深夜発の飛行機に乗るために、バリケードドアのことについて宿の人と打ち合わせをしてから、部屋で仮眠を取りました。
この続きです。
今夜乗る予定のアジスアベバ発北京行きのET604便は、旅行前に何度か出発時刻変更のお知らせが来ていました。
1:30
↓
0:25
↓
1:45
こんな感じで。
1:45発のつもりで空港に行ったら、実はちょっと早くなってて乗り損ねた・・・なんてことにならないように、22時ごろには空港に着けるように宿を出ました。
送迎の車を出してくれはったのは、宿の従業員さんじゃなくてオーナーさんの弟さん。ふだん全然別の仕事をしてはるので、完全にボランティアです。昨日空港まで迎えに来てくれはったのもこの方。
歩いても行けなくはないけど、夜中は危ないということで乗せて行ってもらえることになりました。
一般的に国際線のチェックインは出発の2時間前が目安なのでちょっと早いかなと思ったけど、だめもとでチェックインカウンターにならんでみたら、22時ぐらいには搭乗券がもらえてしまいました。ラッキー。
そのあと出国手続きのカウンターにならんでいるとき改めて搭乗券を見てみると、なんかおかしい。
BOARDING TIME(搭乗時刻)が07:00になっています。
01:00のミスプリント?
まあいっか・・・とそのまま行きかけたけど、そういえばチェックインカウンターでeチケット(帰国までの全行程が載っている)を返してもらってなかったので、取りに戻りがてら聞いてみました。
「搭乗時刻は7時です。明日また来てください。」
・・・え?寝ぼけててあんまり理解できない。ええっと・・・
2013.05.05(日) 01:45 アジスアベバ発 ET604
2013.05.05(日) 17:30 北京着
↑これが5時間以上後ろにずれるっていうことは、
2013.05.05(日) 20:10 北京発 CA1699
2013.05.05(日) 21:25 大連着
2013.05.06(月) 11:20 大連発 CA953
2013.05.06(月) 14:10 福岡着
↑この乗り継ぎはどうなるん?
「確認してみます。」
あぶなー!ぼーっと出国してなくてよかった!
・・・ということで、
2013.05.06(月) 08:30 北京発 CA6651
2013.05.06(月) 13:05 成田着
2013.05.06(月) 17:00 成田発 CA6725
2013.05.06(月) 19:00 福岡着
↑この代替便の情報をeチケットの余白に手書きしてくれました。
ええっと、つまり・・・
もともと大連で半日以上待つ予定だったところを切り詰めて、その切り詰められた「待ち」を北京に持ってきた・・・と理解したらいいんかな。
ルートは変わってしまったけど、連休中に帰ってこられるなら問題ないか。
・・・で、こんな時間からまた町に戻らなあかんの!?
この続きです。
到着ターミナルに戻って、旅行案内所?の人に携帯を借りて、ルーシーゲストハウスに電話をかけました。
飛行機の出発が明日の朝になってしまったので、さっきのチェックアウトはなしにしてもらえますか?
「大丈夫ですよ。」
よかったー。でも送迎はもうないと。
まっ暗な道を歩いていると、野犬が近づいてきました。
途上国の野犬って、やせて疲れてるのが多い気がするけど、エチオピアの野犬はなんかでかくてワイルドです。よくわからないけど「なんとかハウンド」とかそういう系。
うわあ、どうしよう・・・
ちょうどそのとき向かいから車がやってきたので、それをうまいこと盾にして逃げ切りました。
こわかった><
そして途中水を買って宿に到着。
明日は4時ぐらいに出るつもりなので、バリケードドアの開け方の打ち合わせをして寝ました。
再び野犬に遭遇することもなく、無事にエチオピアを出国。23時ごろに北京に到着しました。
ここまでがエチオピア航空で、ここから先は中華航空なので、チェックインするためにいったん入国が必要とのこと。
行きも似たようなことがあったので、空港のつくりは覚えています。夜を明かすのに一番都合がよさそうなのは・・・
このあたり!
入国審査の真後ろで、荷物受け取りよりも手前のエリアです。
税関よりも向こうに行ってしまうと、一般の人も来ることができてしまうけど、ここなら少なくとも国際線に乗れるぐらいお金を持った人しか通りません。
しかも入国審査の後ろは、いすに座って何かを待つようなエリアではそもそもないので、少々いすを占有してても誰もこまらないのです。今は夜で人通りも少ないし。
そしてセキュリティの人が常駐しているというのもポイント。
(居眠りしてはったけど。)
ここで明朝の便のチェックインまでひと眠りすることにしました。
この続きです。
2013.05.06(月) 08:30 北京発 CA6651
2013.05.06(月) 13:05 成田着
2013.05.06(月) 17:00 成田発 CA6725
2013.05.06(月) 19:00 福岡着
この中華航空の代替便のチェックインにあたり、この便自体のeチケットを持っていないというのが心配でした。
昨日の朝にアジスアベバの空港でメールチェックした時点では、変更便については何も届いていませんでした。
それがあれば、それを見せて終わりなんやけど・・・
今回乗る北京発成田行きのCA6651は、ANAとの共同運航便です。その関係でチェックインはANAのカウンターが担当していました。
チェックインカウンターの人は事情を知らないので、証拠の品を一式出してあれこれ説明します。
「少々お待ちください・・・確かにこの便に予約は入っているんですけど、支払いがされていない扱いになっているので、こちらでは発券ができないですね。」
支払いって、ご覧の通りこれユナイテッド航空のマイル特典なんですけど・・・
「エチオピア航空側で便の振り替えの手続きがちゃんとされていなかったんだと思います。ですので、エチオピア航空かユナイテッド航空に問い合わせてみてください。」
「問い合わせ」とか簡単にいわはるわ><
で、それはどこにあるんですか?町のオフィスに行かないといけないとか!?
「ユナイテッド航空の窓口は空港内にあります。オープンするのが8時からなので、成田行きの便には間に合わないですね。」
(ユナイテッド航空に言っても「エチオピア航空の不手際なので知りません」とか言われかねないので、あまりあてにしすぎない方がいいか・・・)
CA6651便の予約が取れているということは、自腹でその席を買い取ることもできるんですよね?
「可能です。ですが少し高いですよ。それなら成田経由でなく、中華航空で福岡行きの便を取った方が安いと思います。このあとなら8:55発のCA953便があります。」
わかりました。中華航空に行ってみます。取れなかったら戻ってくるかもしれませんが、何時までなら待ってもらえますか?
「7時半がリミットです。」
急いで中華航空のカウンターに行ってみました。
福岡行きと広島行きの便があったけれど、どちらも今日は満席。GWの最終日やから当然か・・・ということは、CA6651便の予約は貴重やな・・・
再びANAのカウンターに戻ってきたのが7:22。
この予約席買い取ります。もちろん自腹なのでマイルつけられますよね?
「マイルは大丈夫です。値段は福岡までで・・・22万円です。」