あけましておめでとうございます。
無事に帰ってくることができました。
帰ってきて早々インターネット接続の調子が悪く、
いろいろできないことだらけです><
あけましておめでとうございます。
無事に帰ってくることができました。
帰ってきて早々インターネット接続の調子が悪く、
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年末年始の旅行記です。
今回のツアーには自分のほかに10名の方が参加していて、みなさんとは成田空港でお会いしました。
お互いいろいろなことがわかるのは旅が進んでからですが、最初に紹介しておこうと思います。
呼び名はこの日記用に適当につけました。
★オレゴンさん
アメリカのオレゴン州の大学を出ていて英語がぺらぺら。中国にも留学していて中国語もできる。そして実家が自分と近所同士だったという偶然にびっくり。
山登りにはここ最近目覚めはったらしいです。
★野鳥さん
趣味はバードウォッチングで昆虫にも詳しいです。
でっかいレンズのカメラを持ってはって、鉄道会社にも勤めてはるのに、撮り鉄ではないという奇跡の人。
★やっさん
関西のノリのムードメーカーさん。ツッコミを入れるとき、横山やすしに見える瞬間があります。
まず富士山より高い山に5つ登ろうという目標を掲げている今回の最年少参加者さん。
★ミートテックさん
話しぶりも外見も、いかにも秋葉原で見かけそうな感じの方なのに、キリマンジャロやパタゴニアにも行かれていて小笠原諸島の訪問回数も5回という超ギャップのアウトドア派。
食への飽くなき探究心が、保温素材「ミートテック」となって体を守っているのだそう。
★先生
ヨーロッパアルプスで50峰以上登られているという中学の国語の先生。
部活の顧問をされていないので、夏休みと冬休みが長期山行のチャンスなのだそう。
★桃太郎さん
今でも青春18きっぷで鉄道旅行をされているという岡山の方。海外の山もいろいろ登られているけれど、国内の山も詳しいです。
★兄弟さん
今回唯一単独参加ではない方々。弟さんが学生のころから山岳部のガチ登山勢。お兄さんは軍事マニア。
だいたいお二人でお話をされているので、あまり会話をする機会はありませんでした。
★たんぽぽさん
たんぽぽの川村エミコに雰囲気が似ている気がする岸和田のほんわかおねえさん。
もともとバレー部だったけれど、友人の誘いで山を始めてネパールやマチュピチュの山に登ったりも。
★プードルさん
なんとなくプードルに雰囲気が似ている気がする50代ぐらいの小柄なお母さん。
ヨセミテでロッククライミングの技術を習得し、マッターホルンやマッキンリーという難度の高い山にも登られている本格派。
みなさんバックパッカーとしてはなかなか出会えないタイプの方々で、逆に言えばバックパッカーは山の方々にとってあまりなじみのない人種のようでした。
この続きです。
昨日は首都のポートモレスビーを経由して、標高1500mほどのゴロカという町まで移動してきていました。
ホテルの2Fの部屋で寝ていると、朝4時半ごろすぐ外の道あたりから重い発砲音が連続で2回聞こえてきました。
そして人が泣き叫ぶ声。
その声とは別の人が助けを求めるかのように、泊まっているホテルの入り口を叩く振動が伝わってきました。
眠かったのとこわかったのとで、起きてベランダから外を見ることができませんでした。
日が出てきたころ起きて外を見てみると、ホテルの前の道で警察の人が何人かライフルを持って立っていました。
結局何があったのかはわからず。
「朝は散歩に行こうと思ってたんですけど、やめといた方がよさそうですね・・・」
この国がバックパッカーの来るところじゃないというのはこういうことなのか・・・
この続きです。
ゴロカを離れるとミネラルウォーターが手に入らなくなるというので、昨日のうちにスーパーで買っておいていました。
いまいち量の加減がわからないけど、ゴロカに戻ってくるまでの3泊分で400mlのを10本。
1.5リットルのを何本かという方も多かったのですが、こんなふうに小さいのをたくさんにした方が
という点でよかったです。
そしてゴロカから登山口のケグスグルまで車で6時間。
前半はそこそこいい感じの道ですが、
後半がなかなか激しいです。ぬかるみにタイヤを取られたり、大きな石に乗り上げてジャンプしたり。
この国でパトカーや救急車までランドクルーザーなのにも納得です。
そして到着したのがケグスグルの高いところにあるBetty’s Lodge。ベティさんのこういうおもてなしうれしい~。
ここが登山口になるところです。
この続きです。
今回登るウィルヘルム山は、ずっと天気が悪いからか遠くから全景を捉えた写真を見た覚えたがなく、いまいち山のイメージというかルートの全体像がつかめていませんでした。
Betty’s Lodgeの食堂の壁に、今回のルートのイラストが。最高峰なのに右奥にちょこんと控えめに描かれています。
まず明日は5時間ぐらいかけて、ここ(標高2700m)からピュンデ湖(標高3470m)ほとりの山小屋まで行って泊まります。ここは通常無人。
そして翌朝の2時(!)に山小屋を出発して、7時間ぐらいかけてウィルヘルム山頂(4508m)に登頂。
前半に標高を一気にかせぐ感じで、あとはなだらかな登り。
登頂後は5時間ほどかけて元来たルートを山小屋まで戻る。
・・・というのが今回のアタックの概要です。
「これまでこのツアーでの登頂率は半分ぐらいです。」
ここをツアー先に選ぶぐらいのメンバーが集まっても、半分は頂上まで行けないのか・・・
今回の参加者さんは11人なので、5人ぐらい・・・と。
この続きです。
季節で言えば、今は雨期の入り口あたり。
夕方から夜中にかけて雨が降って、朝昼は晴れか曇りというパターンを毎日規則正しく繰り返しています。
時間帯はともかく毎日雨が降っているので、地面はぬかるみ放題です。
まず1人に1人ずつ現地ガイドさんがつきます。ガイドといっても案内役というより、ロープや鎖の代わりという意味あいが強いのだそう。
自分の担当はジョーさん。18歳。おうちは大工さんをされているそうです。
よろしくお願いします!
誰もが自分で家を建てるスキルを持っているこの国で、大工さんにどんな役割があるのかというのは、後日知ることになります。
富士山ではとっくに森林限界の高度ですが、まだまだ樹林帯です。
この日は高度順応も兼ねていたので、だいたい30分に1回ぐらい休憩を入れていました。
ぬかるみは長靴かスパッツがないとえらいことに。
自分はスパッツでしのいだけど、どちらの用意もなかったやっさんはアタック日を前にくつに泥が入って大ダメージ><
滝の方にすべって落ちないようにと意識していると、逆に吸い込まれていってしまいそうになるのは不思議。
予定より1時間ほど早い4時間ぐらいでピュンデ湖畔の山小屋に到着!
もともとは途中で昼食をとる予定でしたが、天気がよくなくてゆっくり座れるところもないので、山小屋で遅い昼食を食べることになりました。
ここで標高3470m。富士山でいうと8合目よりちょっと高いぐらいのところです。
この続きです。
ピュンデ湖畔に着いてからは、高山病予防のために周辺を軽く散歩する予定になっていましたが、天候が思わしくないのでそれは中止。
高山病には昼寝もあまりよくないらしいです。
夕食のときに、指をクリップではさむような装置を使って全員の血中酸素濃度を測りました。
これは、自分の血液を酸素が乗る電車にたとえると、その乗車率みたいなもののようです。
低地での通常時はほぼ100。これが50台ぐらいになると、何の症状も出ていなくてもその時点で強制的に下山させられるのだそう。
自分は82。全員70~80台の数字におさまっていました。
自分は9月の健康診断でヘモグロビン値が低かったので、同じ乗車率でもそもそもの電車が小さいかもしれません。
「食べられなかったり眠れなかったりしても気にしないでください。それが体の自然な反応です。1食2食抜いても問題ないように体はできています。眠れなくても横にさえなっていれば問題ないです。」
酸素が薄くなると、酸素を消化器官に回せなくなるので、食欲がなくなったり吐き気がしたりという高山病の症状が出始めます。
年末ばたばたしていた関係で、出発前ちょっと体重が落ちてて、旅行当初はあまり食欲がなかったけれど、食欲に関して今は問題ない状態です。
ただ、ちょっと頭痛はしていて、これが歩いているときに今よりひどい状態になるようだと、明日の12時間の歩きは厳しいかなと思っていました。
夕食後すぐに就寝。翌朝1時起床予定です。
この続きです。
ピュンデ湖畔山小屋(標高3470m)にて朝1時起床。雨音と雷鳴が聞こえています。
「予定の2時になってもこんな状況なら、いったん出発を延期して様子を見ます。場合によってはアタック中止もありえます。」
朝食はおなかにやさしいカップうどん。だしがしみるー。
サンドイッチとりんごはお弁当です。
そして2時ごろ。
雨は霧雨ぐらいになっていて雷もやんでいたので、予定通り出発することに。
寝る前にはあった頭痛もおさまっていました。
暗闇をヘッドライトで照らしながら、稜線までの急勾配を登っていきます。
ぬかるみは昨日のルートまでのはずでしたが、連日の雨で今日のルートまでぬかるみに。今日もスパッツつけてきててよかった・・・
昨日は30分ごとぐらいで休憩があったのに、今回は急に標高を上げているのにしばらく休憩できるような場所がなく、最初の休憩は3時ごろ。
「これまで高所で足元がふらつくことはあったけれど、こんなふうに頭がふらつくことってなかったです。」
そう言って、桃太郎さんがリタイヤされました。
この続きです。
稜線まで上がると、ようやく明るくなり始めました。
帰りのことを考えなければ、体力的には頂上まで十分持ちそうな気がしました。頭痛とかもない。
ただ、酸素が足りない。
稜線から先は緩やかな上りだと聞いていたけれど、平均傾斜でいえば確かにそうかもしれません。
でも、無駄に(?)アップダウンを繰り返すので、きつい上りはあいかわらずあるし、
目的地はいつまでたっても見えないしで、全然楽にはなりません。
この隊の先頭は現地ガイドさんで、一番後ろは成田からいっしょのツアーリーダーさんです。
予定では、全員が固まって電車のように登ることになっていたのですが、先頭がうまくペースを抑えられていないからか、列が前後に広がりすぎてばらばらになってしまいました。
個人ガイドさんのほかは、自分の前後に誰も見えないし気配もない。自分は列のちょうどまん中あたりのはずなのに。
上りになると、5m登っては両手をついて息をぜいぜい言わせながら休憩しないと動けない。
その5mが4mになり、3mになり、2mぐらいになりました。
こんなに休憩しているのに、後ろからは誰も来ません。
「あれです。」
正面にうっすらかすんで見える50mほどの岩山のてっぺんが、目指す最高峰なのでした。
この続きです。
最後の岩山をよじ登っているとき、先に登頂された5人の方とすれちがいました。
「もうちょっとです!がんばってください!」
そして出発してから6時間半。8:30にウィルヘルム山登頂!予定時間は7時間なので、これでもコースタイムよりちょっと早いです。
気温は2℃ぐらい。想像に反して頂上はほぼ無風でした。
しばらくして下りようとしたときに、後続の4人の方とすれちがいました。みなさん無事でしたか~。
出発してからここまでに食べたものといえは、行動食として持ってきていたチョコレート3つぐらい。
あまり食欲がわかないけど、りんごぐらいならいけるかな?
・・・と食べたのですが、しばらくしたら吐いてしまいました。
水は飲めるので、ウィダーインゼリーなら?
・・・と思ったのですが、これもしばらくしたら吐いてしまいました。
あの湖の近くに元来た山小屋があります。見えているのに、ここからが果てしなく長いです。
ずっと下っていると、高い段差が下りられなくなってきました。地面がぬかるんでいるので、飛び降りるとすべってしまうし、慎重に足を曲げて下りると疲労がたまって足が動かなくなってしまいます。
そこで、これまでずっと使っていなかったトレッキングポールを使ってみたら、これが大正解。
どこかに突き刺していればすべり防止になるし、ゆっくり下りるときに足だけでなく腕の力も使えるし。
そして13:50ごろに無事ピュンデ湖畔の山小屋に戻ってくることができました。
この続きです。
頂上からピュンデ湖畔の山小屋に戻ってきた順番はこんな感じでした。
プードルさん
先生
オレゴンさん
野鳥さん
やっさん
自分
ミートテックさん
たんぽぽさん
兄弟さん(弟)
兄弟さん(兄)
頂上からの下り始めは全員そんなに変わらなかったのに、トップ2は自分より2時間ほども早かったようです。
お二人ともマッターホルン登頂者で、ふだんも週2とか週4とかで山登りされている方なので、やっぱり格がちがいました。
帰ってから調べてみると、プードルさんの登られたマッキンリーってとんでもない山でした。夏でも頂上の気温が-30℃って><
プードルさんいわく、アタック日は食べても吐いてしまうのでいつも何も食べないのだと。プードルさんほどの方でもそうだったんですねー。
キリマンジャロ経験者のみなさんが、キリマンジャロより絶対ウィルヘルムの方がきついと言っていました。
その理由の1つは、ぬかるみ。もう1つは、山小屋の配置。
もし稜線あたりにもう1つ山小屋があって、初日にピュンデ湖畔を越えてそこまで登ってしまえれば、アタック日はこんなにきつくなかっただろうと。
ここはそれほど登山が盛んでなく、山小屋への荷揚げもプロの方でなく村の一般の方がしてくれはるのですが、その限界がピュンデ湖あたりだという事情もあるようです。
この続きです。登山編はこれで終わりです。
今回の装備の記録を残しておきます。それぞれ基本的に内側から順です。
アタック日は終日この装備でした。登山口からピュンデ湖までは、確かこのうち1・2・4層だけでした。
下着の2枚は登山口を出てから戻ってくるまでの2泊着続けでしたが、特に不快感はありませんでした。
これもアタック日はずっとこの装備で、登山口からピュンデ湖まではこの1層目だけでした。
スパッツをまともに使ったのは今回が初めてでしたが、安物でもありがたみがわかりました。
テムレス大活躍!雨でも中までぬれないし、ぬかるんだ斜面に手を突っ込んでも汚れないし、そして安い!
ほかの参加者さんからもうらやまれる装備でした。
ピュンデ湖畔の山小屋は寒いと聞いていたけど、ここまでのレベルの寝袋はいらなかったみたいです。
旅行会社の持ち物リストには敷きパッドもあったけど、もともとマットレスが敷いてあったので不要でした。
温かいのに、着ないときにかさばらないので、寒いところと暑いところの両方に行くときに便利!
この続きです。
ケグスグルの登山口からピュンデ湖までの樹林帯で、ダダダダとマシンガンのような音がときどき聞こえてきました。
「あれが極楽鳥の鳴き声です。」
野鳥さんによると、極楽鳥のメインの生息域はもっと低地の方で、今回は出会うのをあきらめていたのだそうです。
ピンぼけしまくってますが、この中のどこかに極楽鳥がとまっているはずです。
この写真を撮ったあと、極楽鳥は長い尾をなびかせて飛んでいきました。
その姿を目にできたのは、現地に行った人の特権です!
(とまっている姿は、野鳥さんがきれいに写真に撮られていました。さすが!)
この続きです。
生き物シリーズ。
パプアニューギニアといえば、パプアキンイロクワガタ。略してパプキン。
ポートモレスビーからゴロカへの飛行機の中で、野鳥さんとそんな話をしていました。
ツアーリーダーさんも7回目にして初めて見たそうで、今回のツアー、なかなかめぐり合わせがいいです。
現地スタッフさんも初めて見るというちょっとめずらしいものを露店で手に入れました。
ヒクイドリの足の骨で作ったというペーパーナイフ。
どんな鳥やろ?と思っていたら、野鳥さんが図鑑で見せてくれました!さすが!
かなり凶暴な鳥で、鋭い爪で内臓をえぐられることもあるのだとか。登山中に出会ってしまったら、山を下りるように逃げないといけないのだそうです。
(上って逃げてはだめ。)
一生出会うことはないだろうと思っていたら・・・
なんとBetty’s Lodgeで飼われていました。
(イメージ的にはワニを飼うみたいな感じ?)
写真ではわかりにくいけど、背の高さは1m以上あります。
猛烈な勢いで芋を食べます。肉食ではないです。
「つがいにして増やしたいです」とベティさん。
「逃げたらどうするの?」とみんなからつっこまれていました。
この続きです。
パプアニューギニアには、たくさんの部族の方が住んでいて、それぞれ独自の文化を持っています。
言語もばらばらなのですが、共通言語として使われているのがピジン語。
外から来た人から聞いた英語やらドイツ語やらを雑多に混ぜて自然発生的にできたものらしく、イメージ的には「カフェでトゥギャザーしようぜ!」みたいな感じかも。
「いっしょに行きましょう」はピジン語で「ユミゴー」というのですが、それは"you me go"から来ているそうです。
文法体系がゆるくてお手軽な分、ちがう内容を伝えるのに同じ文章になってしまうなんてことも多そうな気がしますが、部族の言葉でなくピジン語が第1言語という子供も最近はでてきているそう。
あと、英語も小学校で教えていて、授業も全部英語。なので、ある程度若い世代の人たちは英語もできるようです。
いろんな部族の人がいる場では、同じ部族の中でもピジン語で話します。部族でしか通じない言葉で話すと、何か悪口を言われているのではないかと思わせてしまうからだそうです。
この続きです。
この国の部族はそれぞれシンシンと呼ばれる独自の踊りを持っています。
(シンシンは英語の"sing sing"が語源のピジン語。)
コレコレト村のシンシンは、モコモコ。
ひょっとこみたいな仮面をかぶった人が、ぼそっと「モコ」とつぶやきます。
後日現地ドライバーさんが、大通りからこのコレコレト村に入る道を指さして、「ここモコモコ」と言っていました。
ゲレミアカ村のシンシンは、マッドマン。
ここの人たちはかつて戦いによく負けていた部族で、あるとき敵から逃げていると、転んで泥まみれになってしまいました。
それを見た敵が、怨霊が生き返ったとかんちがいして逃げ出した・・・ということがあったそうです。
でもこのシンシンはそういう演目ではなくて、敵を襲って相手の村に火を放つという勇ましい戦士たちの物語になっていました。
この続きです。
モコモコの村を案内してもらっているとき、円の描かれた空き地がありました。土俵かな?
「実はここ、最近夫婦げんかで家を焼いてしまったんですって。」
それは大変><
・・・と思ったのですが、その翌日その夫婦はなかよくトランプで遊んでいたといいます。
こっちで家を焼くというのは、日本でいえばお皿を投げるのと同じぐらいの感覚なのだそうです。
この続きです。
今回のツアーで、現地の宿の手配とかをしてくださったのが、現地スタッフのミカタさん。
現地の方と結婚されて、パプアニューギニア在住11年の女性です。
この国では結婚をするときに、富の象徴である豚を結納品?として奥さんの実家に贈ります。
(もし離婚をした場合、その豚の返済義務が生じるそうで、簡単には離婚に踏み切れないようになっているのだとか。)
ミカタさんは日本で豚を受け取るわけにはいかないので、結納品は何もなし。だんなさんはそれをとてもよろこんでいたそうです。
ミカタさんは、ゴロカでおみやげ屋さん兼ツーリストオフィスをされていて、
帰ってきてから見たNHKのグレートサミッツにも、現地案内役としてちょっと映ってはってびっくり。
今回の現地情報はほとんどこのミカタさんから教えていただいたものになります。
この続きです。
パプアニューギニアでは、20世紀中ごろぐらいまで部族闘争が盛んでした。
「戦いの前には豚を殺して食べて、ここでその豚の頭を精霊に捧げていました。」
戦いのとき、女性と子供は「女の洞窟」というところに、作物の種とかとともに隠れて、村が焼け野原になったあとに再生できるようにしたのだとか。
そして男性は「男の洞窟」を砦にして戦ったのだそうです。
人間用の矢には「返し」がついていて、抜くと内臓が出るようになっています。
そして病院には、今でも弓矢専用の科があるのだそうです。
部族闘争は今では法律で禁止されていますが、法律より慣習が勝つということで、なくなってはいないようです。
この続きです。
今回のツアーでは、宿では西洋風の食事が出てきていたのですが、一度だけ現地食をいただく機会がありました。
お祝いごとのときだけ作るというムームーという料理です。
食材をバナナの葉っぱで包んで、焼けた石といっしょに土をかぶせて蒸し焼きにします。鍋がいらんわけやね。
穴を開けて水をかけて蒸すこともあれば、水をかけないドライムームーというのもあります。
できあがり~。

サツマイモ・タピオカ・カボチャ・シダ・鶏肉・パンノキの芽・・・・などなど。こちらではサツマイモが主食です。
シュガーフルーツ。中はパッションフルーツに似ています。
このあたりは山岳地帯なので、塩が手に入りにくいところでした。なので、地元の方は塩を使いません。
(うちらは塩をかけて食べました。)
あと、今でこそ鶏や豚や牛を飼っていたりするけれど、これらは全部外から来たもので、もともとはいないものでした。
そうなるとたんぱく源は何だったのか?という話になりますが、このあたりの方は、芋を食べるとたんぱく質に変換できる体質なのだそうです。草食動物!?
あと、虫も食べます。セミ・クモ・イモムシ。パプアキンイロクワガタも。
赤道近くの国だと、だいたい辛い料理が多かったりしますが、こちらの方は辛いものが苦手なのだそうです。
この続きです。
山登り前に登山口のBetty’s Lodgeというところに泊まりましたが、そのベティさんはなかなかすごい方でした。
長野県の松本でニジマスの養殖を3か月勉強されて、それをパプアニューギニアの高地で実践。ニジマスはもともとこの国にはいなかった魚です。
一度洪水で魚が全部流されたこともあるそうですが、その後無事復旧されたということも。
香草焼きがめっちゃおいしい!
こんな魚がいっぱいとれたらみんな喜びはるやろなあ。
お客さんにはとてもやさしいおばちゃんですが、現地ガイドさんたちに旅行社からのガイド料を配る様子は山賊の頭のよう。
「お前たち、今回の分け前だよ!」
このロッジでは前に人なつっこい犬を飼っていたことがあったのですが、一度何かの拍子にお客さんを噛んでしまったことがあったそうです。
するとベティさんは、みんなの目の前で槍でその犬を刺し殺してしまったのだとか。
今もスヌーピーと呼ばれている人なつっこい犬がいたのですが、それを聞くといろんな意味で近寄れなかったです。
この続きです。
ツアーでゴロカのマーケットを回りました。
貴重品は車の中に置いて、歩くときはマーケットのセキュリティの方が2人ついてくれます。
このどちらかの方が、「ニンジャ」と名乗られていました。
食料品とか古着とか、売るもののジャンルごとに区画が分かれていて、出店する場合にはお金を払って場所を取るしくみになっています。フリーマーケットに近いんかな?
マーケットに限った話ではないですが、アジアよりアフリカに雰囲気が近い気がします。
町でときどき見かける複合肥料(?)の袋を作り替えたバッグがこんなところに!
おみやげを入れるために買いました。
油とか塩とか、1人分から小分けで売っているので、ひとり暮らしの人にも便利!
このあたりで生活していると、肉類以外の生活品はここでひととおりそろうそうです。
(電気が行き渡ってなくて冷蔵庫がないところも多く、肉類を保存できるところがない。)
とはいえ子豚は売っていました。
この続きです。
この国はバックパッカーに向かないとは聞いていたけど、もしツアーでなく個人で来ていたとしたら、どんな感じになるか想像していました。

この国に鉄道はなく、市内移動も長距離移動もバスが出ています。アフリカ諸国と同じく、満員にならないと出発しないというスタイルです。
(この国で車を買える人は一握りなので、たとえば集落で事業に成功した人が1台買って、それをその集落で共同のバスのように使っているということもあるそうです。)
今回首都のポートモレスビーからゴロカへは飛行機でやってきたけど、同じ島の中の移動なのに陸路ではつながっていないのだとか。
飛行機を使わないとすると、いったんラエまで船で行って、そこから陸路という行き方をしないといけないそうです。
ゴロカは東部山岳州の州都ですが、そのぐらいの町でもホテルは2つだけでした。
モコモコの村の近くにゲストハウスと呼ばれているものはありました。
ずっとオープンしているわけではないらしく、市街地からずいぶん離れているので、予約なしでふらっと訪れるのはかなり危険。ふつうはどうやって行くんだろう・・・
食事は宿でも食べられるし、
スーパーで何かを買ってもよさそうだし、
レストランもあるので、ゴロカぐらいのところなら不自由はしなさそう。
バスは人が集まらないと出発しないので、事前に移動の予定が組みづらく、かといって行った先の宿を飛び込みにすると空いていなかったりするかもしれない。物価もそんなに安くなく、治安もあまりよくない。
今まで行った国にもそんなところがあった気がするので、なんとかなるのかもしれないけれど、なかなか覚悟はいりそうです。
この続きです。
この国で一番流行っているスポーツはラグビー。テレビでもオーストラリアの試合がよくやっているそうです。
ラグビーといえば、ボールを前に落としてしまうと相手のものになってしまうスポーツ。
この国では、そんなラグビー精神がフィールドの外にも生かされていて(?)、誰かの落とし物はもうその人のものではないという価値観なのだそう。
たとえば荷物を運んでいたトラックが横転したとき、しばらくするとその積み荷がそのトラックの近くでたたき売りされていたりするのだとか。
そして運転手は返してくれとも言わないそうです。
そんなルールだったら、タックルが横行するんじゃないかなあ。
この続きです。
この国には、人の肉を食べる習慣がありました。
それは、敵を食べるという攻撃的な意味ではなく、なくなった身内を食べて魂を取り込むというような意味だったのだそうです。
その儀式に参加するのは、女性と子供のみ。人の肉を食べると体調を崩しやすいので、戦いに出かける男性は食べませんでした。
この国でクールー病という病気が流行ったことがあって、調べてみると、人の脳を食べたことが原因だったそうです。
この病気は潜伏期間が最長20年ほどと長く、患者も幼少期の儀式のことを覚えていないことも多いため、なかなかこの説は受け入れられずに黒魔術扱いされることもあるようです。
そしてパプアニューギニアでのクールー病の研究から、狂牛病の研究が進んで今に至ります。
この続きです。
今回見聞きしたことはこまごましたネタが多いので、なかなかうまいことまとめられないです。雑多なものは雑多なままで!
この国ではこういう屋根が一般的ですが、
トタン屋根の家も増えてきています。
風雨に強いからとかそういう理由で選ばれているのかと思ったら、雨水をためることができるからだそうで。水道がないところやとそういうの大事なんやねー。
あと、伝統的な家は誰でも自分で作れるようですが、
西洋風の角ばった建築を建てるのは大工さんの仕事です。
ランドクルーザーについている煙突みたいなものはサファリシュノーケル。
川を渡ったりして車が半分水につかったときでも排気ガスの口がふさがってしまわないようにするためのもので、日本仕様のものには標準ではついていないそうです。
・・・ということを、やっさんに教えてもらいました。ぱっと見て年式わかるとかすごい!
この続きです。
この国では、車のおもちゃが独特です。
小さい車に長い棒をつけて、その先にハンドルをつけて押して操縦します。ラジコンみたいなもんかな?
主に子供がやっていますが、けっこういい年をしたおっちゃんまで遊んでいます。
ちなみにこれがタイヤに使うという実。
あと、靴が電線に引っかかっているのをよく見ます。靴1ペアをひもでつないで、それを投げて引っかけているのだとか。
ほとんどの国民が電気の恩恵にあずかっていないので、これで送電が止まってもこまる人は少ないそう。
ほかにもいろんなもんがひっかかっています。
この続きです。
ミカタさんから聞いた話です。
この国では家畜は放し飼いにされているので、以前車で移動しているときに子豚をひいてしまったことがあるそうです。
帰り道同じところを通りがかると、住民が人間バリケードを作っていて
「なんで止められたかわかるよな。」
と、その子豚が大人になったときの売り値相当の賠償額を払わされたそうです。
もしこの国で人をひいてしまったらどうするのがいいか?
模範解答は「すぐその場から逃げる」だそうです。そうしないと、家族や仲間から報復されてしまうから。
そして逃げ切ったあとで、警察に連絡をするのだそうです。