日常を旅先に

今週は出張で関東圏に来ています。トンガ後のいろいろ改革後の初の旅行です。

プライベートPCでの利用ツールの完全Web移行ができたので、WindowsでなくてもChromebookでも・・・というか、仕事用で必ず持っていかないといけない会社PC1台でプライベート分までカバーできてしまいます。

これで荷物を1kgぐらい削減。

Wiiフィットをスマホアプリに乗り換えたおかげで、旅先でも筋トレとヨガが続けられています。

さすがに体重計までは無理やけど。

Chromecast Ultraも持ってきてるけど、今日の宿のテレビには残念ながらHDMI端子なし。

木曜に別の町に移動するので、そっちの宿で旅先デビューできるかな。

物書きスペース

出先で机があってゆっくりできるところないかなー。

と思ったときに、カフェとかあるとよさそうやけど、山口県だと
混んでいるかほとんど人がいないかのどちらかになりがちです。

どちらにしても、ゆっくりしているとお店の人に気をつかいます。

その用途で最適な場所を見つけました。

それはサービスエリアのフードコート。
高速道路に乗らなくてもだいたい下道側に駐車場があるので、そこから
徒歩で入れば入場無料。

ごはんどきは混むけど、そこをはずせばわりと机は空いてるし、
フードコートなのでお店の人にも気をつかわない。
そして飲み物は自販機とか無料のお茶とかで、そこらのカフェより
安く上がります。食べ物もいろいろあるし。

ノマドワーカーになったらこういうところで仕事してもいいかな。

フィギュアスケートの練習

今日はスケート場に、ふだん見かけない方が来られていました。

くつはホッケーやけど、重心の乗せ方がかかと寄りで基本からずれる感じ。でも滑り方が安定しています。

聞いてみると、やっぱりホッケーではなくフィギュアの方で、広島のスケートリンクで指導員をされているのだそうです。

フィギュアの貸靴の初心者さんに教えるのってどうやるんですか~?

まず、最初の段階では、フィギュアもホッケーも同じ練習をします。これちょっと意外。体をまっすぐにして、まっすぐに体重を乗せて滑ります。これホッケーやと怒られるやつや。

基礎が終わったら、フィギュアとホッケーで練習が分かれます。

ホッケーでは、プロテクターをつけて転んでも痛くないようにして、好きなだけ限界を体験できるようにするけれど、

フィギュアでは、できるだけ転ばないようにして安心感を持たせて練習をするのだそうです。

さっきフィギュアの子が転んで痛そうにしてたけど、ちゃんとした練習のときでもプロテクターつけてないんや~(>_<)
格好とか気にせずつけたらもっと思いっきりできるのに。

正解なんてないの意味

最近「正解なんてない」っていう表現を何度か聞くことがありました。

それを言えば何でも許されるというか、誰にでも共感してもらえるんじゃないかとか、安易に使われすぎちゃうかなあって思っていたら、前にこんなことを書いてたのを見つけました。

ああ、なるほど。このときは学校と社会のちがいでこの表現が出てきてたんやね。

「正解がない」にはいくつかパターンがある気がするけど、どんなのがあるやろか?

1.ゴール設定がされていない場合

今日のお昼はカレーにするか、親子丼にするか。

「カロリーをより多く取るのがよい」とか「食べたあとに脳内により多くドーパミンが分泌されるのがよい」みたいな1次元的な判断基準があれば「カレーが正解でした」とか言えそうやけど、それがなければ正解を存在させること自体ができなくなります。

世の「正解がない」の大部分はこのパターンのような気がします。正解の話をするのに基準を決めてないって、それさぼってるだけかも?

2.どこかにゴールはあっても到着した判断ができない場合

人間の100m走のタイムはどこまで縮められるか?

今の世界記録の9秒いくつよりは速くて0秒よりは遅いので、この間のどこかに正解はあるはずやけど、誰かが答えを言ったときにその正しさを判定することができないという場合。
(抜かれれば不正解だとわかるけど、抜かれなかったときに正解なのかそうでないのかがわからない。)

3.ゴールはあっても道筋がどこにもない場合

X+1=X+2
を満たすXを求めよ。

ある目的を設定したときに、それを達成するための手段が存在しないという場合。数学で言う「解なし」。

いろいろな兼ね合いで何かを犠牲にしないといけなくて、80点なら取れるけど、100点にはどうしてもできないみたいなのもここに含まれるかな。

3とは逆に、ゴールへの道筋が無数にある場合にも「正解なんてない」って言いそうやなあ。

天然キャラ仮説

天然キャラぶりをほめられた人は、その後どういう自分であろうと
するんかなと考えていました。

行きすぎるとわざとらしくなる。
行かなすぎてもつまらない。

かといって絶妙のコントロールをしていると、もうそれは天然ではない。

体育の授業でやったバドミントンのことを思い出しました。

強く打ちすぎるとシャトルが相手コートをオーバーしてしまう
というけれど、自分には腕力がないからか、思いっきり打った
ぐらいで相手コートぎりぎりに入ります。

ほめられてもぐらつかない真の天然キャラの人って、こんな感じ
なんかな。
腕力の限界がたまたま絶妙ポイントになってるから、調整とか
考えずに単にがんばればいいというような。