アフリカの角の生え際(17)-根回し

この続きです。

2013.05.02(木) エチオピア4日目 ジジガ

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宿の前で、紙のふきんとかの搬入をしている車を見かけました。

そして車のボディには宿の名前が。もしかしたら、この車がシャトルサービスにも使われているんじゃないかな?

運転手のおじいさんに聞いてみると、やっぱりこれで空港にも行くようです。

明日の朝に空港へ行くのでよろしくお願いします!

「おお、そうなのかい。わかったよ。」

(やっぱりフロントから話が伝わっていなかった?)

「ところで何時だい?」

7時です!

「なんで7時?」

(チケットに書かれていた時間を見せつつ、)この飛行機に乗るために8時にチェックインしないといけないんです。

「わかったよ。」

のんびりした感じがのんびりしすぎてちょっと心配やけど、できる念押しはこれが限界のような気がしました。

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夕方から大雨が降り始めました。そして雷も鳴りだしました。

そういえば去年ネパールで、雨で飛行機が飛ばなくなったことがあったなあ・・・

これで飛行機が1日遅れたりしたら、宿をもう1日延泊する必要があるけど、その宿代がもうないです。

水バケツ宿なら泊まれるけど、そうすると空港までのタクシー代が必要になって、それが払えないです。

いろいろな不安を抱えたまま、翌朝を迎えました。

アフリカの角の生え際(16)-悪い予感

この続きです。

途上国全般に言えることやけど、エチオピアの人の仕事ぶりはけっこういいかげんです。

たとえばXAMDAホテルで最初ホットシャワーの出し方がわからなくてフロントの人に相談したところ、フロントの人は近くにいた掃除のおばちゃんに「教えてあげて」と指示を出しました。
(言葉はわからなかったけど雰囲気からしてそんな感じ。)

おばちゃんについて行くと、食堂のおにいさんに「シャワーのことお願い」というようなことを言ってどこかに行ってしまいました。
(これも雰囲気からの想像。)

すると食堂のおにいさんが部屋に来てくれるのかと思ったら、「オーケーオーケー」とか言って何も動かない。

オーケーちゃうわ!

と、おにいさんに部屋に来てもらうと、お湯どころか水の出し方もわかっていなかった・・・というようなことがありました。

2013.05.02(木) エチオピア4日目 ジジガ

明日空港までどうやって行くか。

エチオピア航空の人の話によると、ここから空港まで30kmぐらいあって、イエロータクシーで200Birrぐらいだということでした。

残った100Birr札4枚のうち半分がなくなる計算です。

フライトは10:20なので、8時にチェックインに来てくださいと。そしたらここを7時ぐらいに出るぐらいか~。

そこで昨日宿のフロントの人にイエロータクシーを呼んでもらおうとお願いしたら、

「うちの宿にはシャトルサービスがあって、空港までは無料でお送りしますよ。」

という返事が。それは助かった~。

でも今思い返すと、お願いがあったことをメモする様子もなかったので、明日の朝になっても車が来ていなくて、フロントにも誰もいなくて文句も言えない・・・なんてことになりそうな予感がしてきました。

そんなことでこの飛行機を逃してしまったら、所持金が底をついて、バスでもアジスアベバに帰れなくなってしまいます。

これはなんとかしなくては。

アフリカの角の生え際(15)-AK47

この続きです。ソマリア難民の方のお話です。

銃の入手

銃って、そんなに簡単に手に入るものなんですか?

「あのAK47ってあるでしょう?」

なんですかそれ?
(・・・会いに行けるアイドル?)

「銃の名前です。平和な国の人は知らないんですね!それが300ドルぐらいで売られているんです。」
(今調べてみたら、カラシニコフの一種なんやね。構造がシンプルで壊れにくいホンダのスーパーカブみたいな銃。)

意外とお手ごろ価格・・・でも300ドルだって大金ですよね。
(たぶんこのへんの人の平均年収ぐらい?)

「1000ドルぐらい持ち歩いている人もいるので、強盗すれば簡単に手に入るんです。」

(経済が疲弊しきっているイメージやけど、現金がそんなに流通しているのか。)

「あと教育を受けていない子供が仕事につけなくて、ガンマンから銃を奪って強盗に使ってしまうなんてこともあります。」

亡命のしかた

モガディッシュからここまではどんなふうに移動されたんですか?

「車です。自分の車ではなくて乗り合いバスのような。いろんな武装勢力(具体的な名前がいくつか挙がってたけど、話の腰を折らないようにメモはしていません)からの襲撃のリスクがあるので、そういう車を出してもらうのには、それなりのお金が必要になります。」

これからのソマリア

「ソマリアの状況は、だんだんよくなってきているんです。」

日本にいると全然そういう話は聞こえてきてなかったんですけど、それはいい話ですね。平和になったソマリアに行ってみたいです。

「でも私たちはこのあとカナダに行くことになっているんです。」

難民って、そんなこともできるんですか!でもそうなると、将来ソマリアに帰りたいなんて思うものですか?

「そうですね。モガディッシュには家も土地もありますから。」

(ここで友人などの人を理由に挙げないのは、人については「未来の予定を立てることがむずかしい場所」の事情なんだと理解しました。)

おまけ

今シャンプーを探しているんですけど、なかなか売ってないんです。もしかしてこのへんの人って、頭洗わないんですか?

「そんなことないですよ!シャンプーもあります。もったいないからって、石けんで洗う人もいますけどね。」

石けんで洗ったら髪がきしきしになって余計気持ち悪いんですよねー。めっちゃ短髪ならいいのかもしれないですけど。

「ソマリアにも、ケニアの方から来たアフロの民族の人がいて、その人達は髪の毛を洗わなかったと思います。」

そうかアフロかあ。いつか世界放浪に出かけるときには、坊主かアフロかなあ。

このへんの会話はあとで思い出しつつメモをしたのですが、今回メモし忘れていることがあることにも気づいたりして、今度からは記者さんみたいに録音とかもしようかな。
(実はAK47の値段、300だったか500だったかちょっとあやしかったり。)

アフリカの角の生え際(14)-モガディッシュの話

この続きです。

ワークショップに来ていたソマリア難民の方は5人ぐらいで、その中でも一番切れ者そうなモハメッドさんに主に話を聞きました。

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右がモハメッドさんで、左がイサさん。
(難民キャンプの服は、台湾から送られてくるそうです。)

モハメッドさんは6年前まで首都モガディッシュに住んでいましたが、エチオピア軍の侵攻のときに、こちらに逃げてきたそうです。そのときはまだ高校生。

モガディッシュに行ったことがあるという人ですら今までまったく見聞きしたことがなかったけど、住んでいたという人が目の前にいるなんて・・・

体調が万全でなかろうが、この時間は無駄にしてはいけないと思いました。

モガディッシュについて

モガディッシュは人口300万人の大都市で、アジスアベバよりも都会でした。

内戦は20年以上続いているので、モハメッドさんは物心がついたころから、まわりで人が銃で撃たれて死んでいくのを当たり前のこととして認識していました。

それでもやっぱり知人が撃たれて運ばれていくのを見るのはショックだったといいます。

とにかく「未来の予定を立てることがむずかしい場所」という表現をされていました。

海賊について

ソマリア沖といえば、今では海賊が出ることで有名です。そのいきさつはこんな感じ。

ソマリア沖では、けっこうたくさん魚がとれます。

本来なら、ソマリアの領海内では外国船が漁をしてはいけないけれど、内戦で無政府状態になったせいで海上を誰も警備しなくなくなったので、イエメンやインドの大型漁船が不法に入ってきて漁をするようになりました。

怒ったソマリアの漁師さんが、海上警備の代わりにその外国漁船を襲うようになったのが、海賊の始まり。

「なんだか最近あいつビルを建てたり車を買ったり、羽振りがいいな。」
「どうやら海賊をしてるらしいぜ。」

と、けっこうお金になることがうわさになって、漁師じゃない人たちからも海賊に転向することも最近は多くなってきました。

ソマリアの話はもうちょっと続きます。

アフリカの角の生え際(13)-ソマリア難民のワークショップ

この続きです。

2013.05.02(木) エチオピア4日目 ジジガ

昨日まる1日休んだら、だいぶ元気になりました。

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とはいえがつがつ出かけられるほどでもないので、宿の敷地内の木陰で本(電子書籍やけど)を読んでいると、利発そうなおにいさんたちから

「どこから来たんですか?」

と声をかけられました。

ジジガの近くには3つの難民キャンプがあって、ソマリアから逃れてきた人たちが生活をしています。

その中から選ばれたこのおにいさんたちが、この宿で開催されているワークショップに参加しに来ているとのことでした。

まさかソマリア難民の人たちと話ができるなんて!!

難民キャンプには心に傷を負った人たち(主に子供)がいて、カウンセリングを必要としています。

そのためにアメリカの大学からメンタルヘルスの研究者のブライアンさんが来ていて、難民自身の手で難民に対するカウンセリングができるように、その手法を伝えようとしています。

その場がここのワークショップ。

ブライアンさんによると、難民が難民のカウンセリングをするということはあまり一般的ではないということでしたが、個人的にはめっちゃ合理的なアイデアやなと思いました。

  • 最初以外は外の援助を必要としない。
  • 難民の人にスキルと仕事を与えることができる。
  • カウンセラーが現地語をわざわざ学習しなくていい。
  • カウンセラーが相手の境遇をよく理解している。

このワークショップの期間は1週間で、あさっての土曜で終わりのようです。

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ちなみにジジガの通りでUNHCR(国連難民高等弁務官)のビニールシートを見かけました。

たぶんちょっと長くなるので、難民の人たちに聞いたソマリアの話は次に。