ネパールは神の手の上(1)-第一印象

このGWの旅行記です。

★はじめに

今回の旅行は、姫路時代の職場の後輩のライダーくん(今は北九州在住)の発案で、そこにうちが乗っかる形で実現しました。

準備期間彼がいろいろいそがしそうだったので、手配関係はほぼ全部うちが担当。ガイドさんが宿に迎えに来てくれる形でツアーが始まるので、ネパール到着日の宿も適当なところを予約していました。

2人ともうまいことGW前日に東京出張が入ったので、そこで合流して羽田から出発。

ライダーくんが空港で地球の歩き方を買ったので、今回はめずらしくガイドブックありでのスタートです。

2012.04.28(土) ネパール初日

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首都のカトマンズは想像以上の大都会でした。

到着の便名も伝えてあって、宿の人が空港でネームプレートを掲げて待っていてくれる手はずになっていたのに、それらしき人は見あたりませんでした。

どこかなーと空港の出口あたりをうろうろしていると、周りからタクシーの運転手が集まってきて、

「どこの宿?」

と聞かれました。タクシーに用はないので、世間話的な感覚で答えると、その宿のカードを持ったドライバーの人のところに案内されました。

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「さあ、どうぞどうぞ。」

聞いてみると、ここにはたまたまいただけで、どうもうちらを迎えに来たのではないようです。でも宿には無料で送ってくれるといいます。

なんかあやしい気がするなあ。

でも一般のドライバーでも、お客さんを連れてくると宿からお金がもらえるというのは実際あることなので、善意じゃなくてもだましでもない可能性は十分ありそうです。

よし、これはどんな結果になっても受け入れるで!

腹をくくって40年もののダットサンに乗り込むと、20分ぐらいで何ごともなく宿に到着。

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このあともいろんなネパール人に会ったけれど、町並みはほんまインドみたいなのに、人はあそこほどがつがつしていないようでした。

インドから毒気を抜いて、涼しくしたのがネパール。

それがこの国の第一印象でした。

エベレストトレッキングへ

今日は東京出張で、その足で羽田からエベレストトレッキングに
出発します。

▼行き

2012.04.28(土) 00:20 羽田発 TG661
2012.04.28(土) 04:30 バンコク(タイ首都)着
2012.04.28(土) 10:15 バンコク発 TG319
2012.04.28(土) 12:25 カトマンズ(ネパール首都)着

▼帰り

2012.05.05(土) 13:30 カトマンズ発 TG320
2012.05.05(土) 18:15 バンコク着
2012.05.06(日) 00:50 バンコク発 TG648
2012.05.06(日) 08:00 福岡着

現地での参加ツアーはこちら。

次の更新は帰ってきてからになります!

妹の結婚式と披露宴の振り返り(4)

この続きです。これで終わりです。

ふだん妹とは年に1~2回会うかどうかやけど、会えばいつも夜遅くまで話をしている間柄です。妹に限らず、はやし家の家族の間ではみんな「何を話していいかわからない」という感じにはならないです。

けれど、参加者名簿の母の人物評に「趣味・交友関係も基本不明」とあったように、よく話すわりに「ある程度以上は踏み込まない」という文化がうちにはあって、お互い全然知らない領域がいろいろとあります。

友人関係や、その中で妹がどう振る舞っているのかというのはこの日初めて知りました。

見事なまでに、家の中と何も変わらない。

それはこの披露宴の場であってもそうでした。ミイのまま。三谷幸喜のまま。

新婦からの手紙

お嫁に行くというのは、昔はある意味別れの儀式だったのだと思います。

でも特に妹の場合は、もともと実家から出て暮らしていたし、結婚したからといって連絡が取れなくなるわけでもないし、個人的にはこれを機に何かが変わるとはあまり思っていません。

それは妹自身も似たようなことを思っていたのかもしれません。

DSC03135 両親への手紙はなぜか巻物。

ふつう新婦からの手紙といえば、卒業式みたいな雰囲気になるけれど、そういうのはいっさいなし。

「卒業式みたいにする」のは妹からするときれいごとの演出になってしまうのでしょう。現実はそうじゃないのでそうしなかったという単純明快な理屈だと思います。

父の気持ち

うちの父は放任主義です。

かまうのが面倒だからというのではなく、自分自身の過去の経験からあえてそうしているようです。

うちが大学院をやめると言ったときも、一度死ぬ目にあっているアフリカにもう一度行くと言ったときも、黙って認めてくれました。

妹に対してもそうだったけれど、この披露宴に関してだけは事前に「そんなの誰も喜ばない」とめずらしく口をはさんできたそうです。

今回の披露宴は、それを振り切ってのものだったようです。

前にうちではドラマや映画を見てもその内容について話すことはないと書いたけれど、

終わったあと、家族でこの披露宴のことについて話しませんでした。

気まずいからとかでは全然なくて、それがうちではふつうのことなので。

実家まで帰ると遅くなるので、この日は家族で京都駅近くのホテルに泊まりました。
(もちろん妹以外。)

父はラジオをつけながら寝るのですが、朝方たまたま「お嫁サンバ」が流れているときに、スイッチをオフにしていました。

妹の結婚式と披露宴の振り返り(3)

この続きです。

謎解きはディナーの中盤で

この披露宴、披露宴にしてはめずらしく夜の開催です。

なので、出る食事はディナーになるわけやけど、ちょうどお色直しで新郎新婦がいなくなっている間にクイズのイベントがありました。

DSC03102 各テーブルには鍵のかかった宝箱が1つずつ置かれていて、全員に1枚ずつ1問だけ問題の書かれた紙が渡されます。 (問題は全員別。)

その問題の下には

○○●○○○○○○○

のようなまるが書かれていて、これだと「答えはひらがなで10文字でその3文字目を抜き出せ」という意味になります。

この抜き出した文字を同じテーブルの人の中で集めて並べ替えると、そのテーブルの宝箱を開ける鍵のありかになるというのです。

そしてこの各人に出される問題は、

「ほかの人にはわからないかもしれないけど、あなたにならわかる。」

というチョイスになっているのです。

自分の場合は、歴代の世界名作劇場のアニメが順番に書かれていて、途中抜けている作品は何かというものでした。

これ絶妙やなあ・・・

うちら新婦親族テーブル組で答えを集めて、店内のどこかで鍵を見つけて宝箱を開けてみると、中には人数分の新聞紙のコピーが入っていました。

それは、それぞれの人の生まれた日のもの。

自分の生まれた日のテレビ欄や広告に時代を感じたり、長崎原爆の日に生まれた父の新聞を見せてもらったり、それぞれの参加者が話の輪の中で主役になれるきっかけが宝箱の中に入っていたのでした。

となりのテーブルは新婦の高校時代の友人席でしたが、そこでは昔新婦が友人からもらった手紙やFAXのコピーも入っていたようで、そっちはそっちてものすごく盛り上がっていました。

たぶん次で最後です。

妹の結婚式と披露宴の振り返り(2)

昨日の続きです。

妹は大学で演劇部に所属していました。
(だんなさんはそこでの先輩で、座長もつとめていた人です。)

今回披露宴を開いたのは、自分の結婚を祝ってもらいたかったというより、結婚を名目にして自分の親しい人を一堂に集めてただ楽しんでもらう場を作りたかったんじゃないかと今は思います。監督・主演自分、しかも自分はピエロで。

この「楽しんでもらう」というのも、映画や本のような「一方的な受け身の楽しさ」ではなく、「自分が自分として認識されていると実感する楽しさ」を目指したんじゃないかというところが、この披露宴の一番のポイントだと思います。
(結婚式のあとは妹としゃべっていないので、このへんはただの推測です。でも妹ならこういうところに目をつけてもおかしくなさそう。)

そういうわけで、義理で職場関係の人を呼ぶこともいっさいせず、親戚も本当に近しい6人ずつだけ。

プロの人が司会をしてはったと思うけど、今から思い返すとどうもせりふ回しに妹のセンスが入っていた気がします。

ゲスト紹介

事前に配られる2人のプロフィールや座席表が書かれている冊子に、「ゲスト紹介」ということで参加者全員の人物評が書かれてありました。

「演劇人の見本みたいな人。私生活が芝居以上に非凡。大先輩過ぎて逆に雑に扱われがち。奇抜な物件に住む。」
「優等生の頑張り屋さんタイプ。トイレのスリッパを並べそうな人ランキング1位だったが、全然並べない。」
「静岡に転勤になり、友達作りのために演劇界に復帰。チャラさが昭和。」

上下関係なく歯に衣着せぬもの言いは見るからに妹の筆。

「芸大卒業と共に、まさかの芸術からも卒業。二十歳の段階で電話で父と間違われること数度。」
「鉄人専業主婦。食べるのも歩くのも異様に早く、風邪もひかず髪型も変わらない。趣味・交友関係も基本不明。」

以上姉と母。そうくるか!でも何もまちがってはいない。

これが配られていることで、全員が自分はちゃんと見られているという意識を持ったと思うし、こういう人たちの間で新郎新婦は生きてきたのだという自己紹介にもなっているし、さらには面識のない参加者同士が話をするきっかけにもなります。

これは考えたなあと、始まる前から思いました。

長い話にするつもりはなかったけど、もうちょっと続きます。