これから寝台列車で東京に移動します。
国内での列車泊って、小学生のときに家族旅行で乗った
大垣夜行以来のような気がします。
日曜まで帰らないので、部屋に残してきたPCにいくつか録画予約を
してきました。
ノートPCとはいえ、3日間電源入れっぱなしは電気がもったい
ないので、1回録画が終わるごとにスリープ状態にするように
設定をしました。そして次の録画開始の直前に
このソフトを使ってスリープ状態から起こすような設定を。
ちゃんと撮れてるかな~。
これから寝台列車で東京に移動します。
国内での列車泊って、小学生のときに家族旅行で乗った
大垣夜行以来のような気がします。
日曜まで帰らないので、部屋に残してきたPCにいくつか録画予約を
してきました。
ノートPCとはいえ、3日間電源入れっぱなしは電気がもったい
ないので、1回録画が終わるごとにスリープ状態にするように
設定をしました。そして次の録画開始の直前に
このソフトを使ってスリープ状態から起こすような設定を。
ちゃんと撮れてるかな~。
「科学での想定を超えた」みたいな表現をここのところ
よく聞くけれど、それってほんまかなって思います。
学生時代は理系の研究室的なところにいて、そのあと
科学とはあまり関係ない仕事についているわけやけど、
そこで一番ギャップを感じたのは想定についてでした。
たとえば「これからシステム移行をする」ということに
ついてお客さんに説明をするとき、その前に上司に
レビューを受けます。
そこでいつも聞かれたのが
「このシステム移行に100%問題がないと言えるのか?」
ということ。(姫路時代の話です。)
100%うまくいく保証なんてあるはずがないです。
何かが壊れたときのために予備を用意していても、
予備もいっしょに壊れる可能性だってゼロじゃない。
予備をいくつ増やしても、それらが全部いっしょに
壊れる可能性が0になることはない。
壁に向かってボールを投げると、ほぼまちがいなく
跳ね返ってくるけれど、量子力学的にはボールが壁を
すっと突き抜けることだってありえるわけです。
それでも
「自分がこれから移行しようというときに、100%と
言えなくてどうするんだ!」
というようなことを言われるので、うまくいかない可能性を
しかたなく「想定外」にして、存在しなかったかのように
ふるまうしか前に進む方法がなかったのです。
一般的には「そりゃないだろう」と思われるぐらいの
広範囲のことを科学は「ありうる」と想定しているけれど、
純粋な科学に直接関わらない利害関係者の関与で「想定外」が
作られたりするのです。
「想定外」への批判が直接科学に向けられるのはちょっと
ちがうんじゃないかというのが1つ。
利害関係者によって作られる「想定外」にもある程度
しかたのないところがあるというのがもう1つ。
地球には年間かなりの数の隕石が地表に到達していると科学は
想定しているけれど、「想定外」を簡単に批判する人の中には
隕石にぶつかることを「想定内」にしてみんなを説得して
何かの予算を取れる人はいるでしょうか?
今日は天然記念物のクサフグの産卵推定日。なので、
「生まれそうなんです!」
と、ぴったり定時で退社して現場に向かいました。
田舎なのに車がけっこう来てる!
ふだんはない「クサフグ産卵見学路」の看板が。
分かれ道は多いけど、要所要所に看板があるので安心です。
海岸に「お静かに!」の看板が。でもここには何もいない?
向こうの方に人影が。
人だかりができています。
いたいた!クサフグちっちゃいなー。
ぴちぴちしてるのもいるけど、波が引いてもおとなしく
してるのも多いです。
鮭とかもまさにそうやけど、産卵のときに「自分が死ぬ
かもしれない」という理由で行動を止めたりはせえへんの
やろなあ・・・このためにこれまで生きてきたって言っても
いいわけやもんなあ。
今週末に東北に行くので、被曝する放射線量についてちゃんと
知っておこうと思いました。
まず基本データから。
自然環境から人が受ける放射線の世界平均が、2.4mSv/年。
これは1時間あたりに換算すると、0.27μSv/h。
ICRP(国際放射線防護委員会)が限度としている人工放射線量が
1mSv/年。これに自然環境の分を足して1時間あたりに換算すると、
0.39μSv/h。
で、福島がどのぐらいかというと・・・
1.6μSv/hなので、ICRP限度の4倍ぐらい。
ずっと住むのはよくないわけか・・・
今回行く仙台は、0.07μSv/h。
あれ?世界平均の4分の1ぐらい?
ふと見ると山口が0.094μSv/hでびっくり。
放射線量だけで言えば、ここにいるより仙台に行った方が
いいようです><
あ、そういえば測定機器の設置されてる高さのちがいも
あるんやった。
測定器の高さぐらいを飛んでいれば仙台は大丈夫・・・と。
「完璧主義は捨てないといけないもの」という風潮があります。
どこかで必ず無理が出るからということもあるし、
「やるからにはうまくやりたいので、うまくできないなら
最初から手を出さない」というオールオアナッシングの
消極姿勢につながることも多いので。
で、ちょっと不思議やなーと思っているのが、その反対に
「あっていい」と広く認められている完璧主義の事例が
あるということ。
それは、スポーツ選手や芸能人の絶頂期での引退。
それぞれの事情にもよるけど、「うまくできないなら最初から
手を出さない」の消極姿勢と何も変わらない事例もけっこう
見受けられます。
引き際がいいとほめられたり、惜しいと言われこそすれ、
卑怯だという言われ方は聞いたことがないです。
この扱いのちがいはどこから来るんやろ?