国内線に乗り遅れた場合

昨日は渋滞で沖縄行きの飛行機に乗り遅れました。
そのときの対応のメモです。

まず、空港に間に合わないことが濃厚になった時点で、ANAの予約窓口に電話を入れました。

今回は自前の株主優待券での予約で、まだチケット代も払っていない状態だったので、追加料金なしでフライトの変更が可能だということを教えてもらいました。
(沖縄からの帰りの便は、支払い済みの格安航空券だったので、これが逆でなくてよかった!)

そして1本あとの便は、この時点では満席。2本あとの便は、100席以上空いているということも。

フライトの変更をする場合には、出発の15分前までに連絡してほしいとのことでした。

その後絶対に間に合わないと確信した時点で、もう一度ANAの予約窓口に電話を入れました。

とりあえず確実に空席があるという2本あとの便に予約を変更。

空港に着いてから、とりあえずその便にチェックインし、その1本前の便の空席待ちリストにも入れてもらいました。

空席状況がわかるのは、その便の出発の15分前。空席待ちカウンターで教えてもらいます。

この空席待ちカウンターは、福岡空港では荷物チェックよりも向こう(出発ゲート)側にあるので、どの便にもチェックインできてない状況やったら、どうやってそこまで行ったらよかったんやろ??

空席待ちの券だけで荷物チェックが通れるんやろか?それで空席がなかったら、そのチェックを逆に通って戻れるんやろか?

結局のところ14席の空きが出て、自分は15番目だったので、ぎりぎり乗れず><

お待たせをいたしました。

沖縄旅行

3連休は初めての沖縄に行ってきます!

昨日は2件システム移行があったけど、一晩何ごともなく
動いてくれたみたいなので、無事に出かけられそうです。

▼行き

2011.02.11(金) 13:10 福岡発 ANA489
2011.02.11(金) 14:55 那覇着

▼帰り

2011.02.13(日) 09:05 那覇発 ANA482
2011.02.13(日) 10:40 福岡着

行きの片道は、自前の株主優待券で。
帰りの片道は、格安航空券で。

沖縄に行くのは北海道に行くのと同じぐらいお金がかかる
イメージがあったけど、実際調べてみるとそうでもなくて
よかったです。九州発着やからかな?

そんなわけで、いろいろとお世話になります!

ATOK2011を入れる

今年もまたATOKの新しいバージョンが出たので、また
ダウンロード購入をしました。

今回もジャストシステムからベータテストの案内があって、
去年ちょっと使っていたのでびっくりはせえへんかったけど、
今回のバージョンからATOKパレットがなくなっています。
言語バーと一体に。

ふだんうちは、全角英数と半角カタカナが打てないような
設定にしてあります。変な学習をされないように。

でもどこかのサイトの住所登録とかで、番地の数字も全部
全角で打たんとあかんかったりみたいなケースがあるので、
ATOKパレットには「全角英数固定入力」と「半角カタカナ
固定入力」と「全角カタカナ固定入力」の3つのボタンを
配置していました。

ところが言語バーにはそのボタンが配置できません。

ATOKパレットが言語バーと一体になると、タスクバーに
格納できてじゃまにならなくていいねんけど、
固定入力ボタンが使えないとなると、なんか別のやり方を
考えなあかんなあ。

・・・と、ベータテストのときに思っていました。

で、今日製品版を使っていて気がついたけど、言語バーの
「文字入力種」をクリックすると、固定入力シリーズが
メニューに出てくるやん!これで万事解決!

何年も前から完成の域に達している変換精度については、
今さら何を言っても重箱の隅をつつく感じになってしまう
けれど、最近ホットな誤変換が。

「守田係長」と打とうとすると、なぜか「森高か里長」に
なってしまいます><
これはATOK2011でも同じ。学習もしてくれません。

まだこういうのが残ってたんやね~。

直前の決定

今週末の3連休のプランは、いろんな案が出ては消え、
出ては消えました。

予報を見ると、天気もあまりよくないみたい。

それにもめげず、えいやーと行き先を決めました。
どうなることやら!

何ごとも過ぎたるはなお及ばざるごとし?

「やっぱり何ごともやりすぎはいけないね。」

という話の締め方があります。

安易にそういう決まり文句に頼るのが嫌いというか、
部分を見ていきなり「何ごとも」と全体を語ると
まちがいにはまりやすいので、ついその逆を考えて
みたくなります。

何ごともほどほどがいいというのなら、ほどほどを徹底的に
貫き通すのがいいということになるけど、それって「ほどほどを
やりすぎている」ってことにはならないの?

ほどほどなものとほどほどでないものをほどほどに混ぜた方が
いいというのなら、ほどほどでないものも認めるということに
なって、「何ごとも」ほどほどがいいという精神に反するけど
それはいいの?

これは「何ごとも」と全体を語ってしまったがゆえに生まれた
矛盾です。

多ければ多いほどいいもの。

そういうものがあるとすれば、それ自身が人生の目的に
なりうるようなものなんやろね。