第3次中東遠征(10)-サチさん

この続きです。

2010.12.30(木) 中東5日目(イスラエル4日目)

明日は金曜日でイスラム教の休日。あさっては元日で何があるかわからない。

そういう日は国境がらみでいろいろ心配なことがあるので、安全策をとってその前にヨルダンに戻ることにしました。

キングフセインブリッジには、宿で呼んでもらった乗り合いタクシーで戻ります。

・・・

イスラエルの出国手続きを済ませると、そこからまた国境越え専用のバスに乗ります。

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このバスですか?

「いいえ、これは地元の人用です。」

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あのバスですか?

「いいえ、あれはツアーの人用です。」

それらしいバスはときどき来るけれど、ことごとくはずれ。

結局1時間ちょっと待って、乗れるバスが来ました。

・・・

ヨルダンの入国手続きのときに、日本人のひとり旅の女性と出会いました。どうやらさっき同じバスに乗り合わせていたようです。

「ここからどうやってアンマンに行けばいいんでしょうか?」

それはうちもこまってるんです><
バスか何か出てるんでしょうか?

まわりの地元の人に聞いてみると、セルビスという乗り合いタクシーで割と安くで行ける様子。

すると彼女は、セルビスの運転手だという人と何か話し始めました。

英語じゃないです。相手の反応からすると、どうやらアラビア語を話しているようでした。

うわー、かっこいい!

・・・

彼女はサチさんといって、今日の深夜の便でアンマン空港から帰られるそうです。

今回の旅行は、12月15日にトルコのイスタンブール入りでスタート。その後陸路でシリア・ヨルダン・イスラエルと来て、ヨルダンで終わりというルートだそうです。

そしてその「終わり」というのが日本に帰るわけではなく、留学先のパリへの戻り。

以前はアラビア語の勉強のために、チュニジアに留学していたということでした。

・・・

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セルビスはアンマンの旧市街に到着。知らない場所でした。

そこにサチさんの定宿(?)があるそうで、深夜の飛行機の時間まで荷物を預かってもらうために寄ります。

「あそこは変なおじさんと変なおにいさんがいるんです。」

その言葉通り、はんにゃの金田っぽいテンションのおにいさんが、気持ちくねくねと出迎えてくれました。

「こんなのが6人いるんです。」

第3次中東遠征(9)-聖地巡礼

この続きです。

2010.12.27(月)-29(水) 中東2-4日目(イスラエル1-3日目)

ひたすらにエルサレムの旧市街を探索します。

この城壁は、おおざっぱには正方形の形をしています。外を歩いて測ってみると、一辺徒歩約15分。1km~1.5kmぐらい?

そしてその中が、だいたい「田」の字のように4つの区画に分かれています。

  • (北西)キリスト教エリア
  • (北東)イスラム教エリア
  • (南西)アルメニア人エリア
  • (南東)ユダヤ教エリア

なんかアルメニアだけ浮いてるような・・・?

聞いてみると、「アルメニアはカトリックの国ですから」って、ほかにもカトリックの国なんていくらでもあるやん!しかも、カトリックやったらキリスト教エリアでいいやん!

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アルメニアンごはんを食べながら、いつかこの旧ソ連の小国を訪れるときまで、この謎を持ち越すことに。

★VIA DOLOROSA

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旧市街の中には、VIA DOLOROSA(悲しみの道?)という、くねくねした通りがあります。

これは、キリストが死刑判決を受けたところから、十字架を背負って処刑されるところまで歩いた道だといいます。

当時の道は、今より5mぐらい下にあったのだとか。

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ここでキリストの死体を洗ったのだそう。

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おそらく地球上で一番有名な人のお墓になるのでしょう。

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56億7000万年後に復活するのは・・・別の人か。

★岩のドーム

さっき旧市街は「田」の字に分かれていると書いたけれど、北東のイスラム教エリアが、南東のユダヤ教エリアをちょっと侵食するような形ででっぱっています。

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そのでっぱりエリアにあるのが岩のドーム。

メッカ・メディナに続くイスラム教第3の聖地です。

ここは敷地が広いので、旧市街をふらふら歩いているとよくここに突き当たってしまうけれど、「イスラム教徒じゃないと入れない!」と警察の人におこられます。

★嘆きの壁

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岩のドームの西壁のユダヤ教エリア側が嘆きの壁と呼ばれていて、ユダヤ教の聖地になっています。

入るのに荷物チェックがあって、ちょっとピリピリしてます。

はるか昔には、岩のドームのエリアにユダヤ教の寺院があったらしく、その寺院がなくなってしまったことを壁に向かって嘆くのだそうです。

ちなみに、左側が男性用・右側が女性用と、嘆きスペースが分かれています。

★シオンの丘

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南西のアルメニア人エリアから南向きに城壁を出ると、イスラエル建国のスローガン(?)にもなったシオンの丘があります。

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ユダヤの王のダビデの墓。イスラエル国旗「ダビデの星」のダビデさんです。

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最後の晩餐の部屋。

たまたま歩いてて見つけただけやけど、そうそうたる場所がふつうにあちこちにあってびっくり!

全部この旧市街のところにあるんやねー。

第3次中東遠征(8)-ちょっとひとこと

この続きです。

意外に寒かった中東

ヨルダン・イスラエルは、前のバーレーンのときの経験から、今は日本の秋ぐらいの気候だと思っていました。それで上着を荷物にしたくなかったので、日本で家から出発するとき、寒いのに無理して秋服で出てきていました。

ところが・・・

晴れている日の日中はいいのですが、くもったり日が暮れたりすると、めっちゃ寒くなります。日本とあんまり変わらないぐらい。

実は今回の旅行は、最初の3日以外はずっとくもりか雨で、ほとんどの日を凍えながら過ごしていました。

道ばたで耳あてを売っていた理由はこれか!

おまけに、イスラエルで泊まった宿には暖房がなく、シャワーのお湯も中途半端にぬるいのです><

早寝早起き

さっき書いたように、日暮れにはだいぶ寒くなるので、宿には毎日だいたい17時ぐらいには引き上げてきていました。

ヨルダン・イスラエルの17時は日本の24時。

持ってきた本もヨルダンの初日に読み終わってしまってやることもないので、18時~19時にはだいたい寝てしまっていました。

すると起きたら深夜の1時~2時だったり。

1日2食の生活

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エルサレムでは、一度宿の引っ越しをしたけれど、どちらの宿でも朝食バイキングが無料でついていました。

外で食事をするとやたらと高いので、朝はバイキングでたっぷり食べる。

すると昼食は自然と遅めになる。

そして夕方は、空腹感を感じる前に宿に引きこもってしまう。

そんなふうに、だんだんと1日2食の生活になっていきました。

・・・

今回の旅行を振り返ると、かなりひもじい印象です。

「海外で年越しなんてうらやましい!」

と最近よく言われるけれど、たぶん何かちがうものを想像されているような気がします。バルコニーでロッキングチェアとか?

「絶対日本での年越しの方がいい!」と常々言っているのは、いやみでもなんでもなく、まぎれもなく本心からなのです。

第3次中東遠征(7)-エルサレムデビュー

この続きです。

2010.12.27(月) 中東2日目(イスラエル初日)

国境のイスラエル側にはATMがなかったので、レートも手数料もわからない謎の無印両替屋でヨルダンディナールを両替して、バスでエルサレムにやってきました。

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何この城壁は!?

バスはバスターミナルに着くのかと思ったら、ふつうの街角が終点。時刻表も何も出ていないので、帰りはどこからどうやって乗ったらいいのかわからなかったけど、それは帰りに考えたらいいか~。

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城壁が気になるので、とりあえず入ってみよ。

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おおっ、これはもしかして。

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ここはお城ではなく、オールドシティ(旧市街?)というところなのだそうです。

この活気はイスラム圏によくあるオールドスーク!迷路のように路地が入り組んでいて、いろんなお店が並んでいたりするところです。

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なんかおいしそうなお店もあるし!

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聖母マリアの生家・・・?この旧市街って、そんな大それたとこなん!?

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けっこう広いし、なんかいろんなところがあって楽しい!

結局この後3日間、この旧市街に入り浸ることになります。

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とりあえず荷物を置きたかったので、宿は城壁のちょっと外の静かなところに決めました。

ここでエルサレムの地図をもらえました。

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ここはヨルダンのところよりちょい高い1泊6000円ぐらい。何軒か聞いてまわったけど、この近所では安い方です。

翌日からはもっと町はずれの、もうちょっと安いところに引っ越します。

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イスラエルの初食事。

イスラエルは意外に物価が高いです。庶民的な見かけのローカル食堂でも、コーヒー1杯に200円ぐらい取ったりします。

この料理も1500円ぐらい。北欧かここは!

第3次中東遠征(6)-イスラエルのなりたち

この続きです。

・・・

イスラエルは、第二次世界大戦後にできた新しい国です。

この国で見聞きしたことを書く前に、ここがどういういきさつでできた国なのかをちょっとおさらいしてみます。

学生時代にどこかから聞いたことの寄せ集めなので、あまり公平ではない解釈も混ざっているかもしれません。
(高校のとき世界史を取っていなかったので、時代感覚もよくわからへんし><)

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イスラエルは、ユダヤ人が作った国です。

ユダヤ人は2000年前ぐらいまでは今と同じイスラエルの土地に住んでいました。

ところがユダヤ人は、キリストを処刑した民族だということで迫害され、この地を追い出されてしまいます。

ユダヤ人は元来から商才にすぐれた民族なのだそうです。そういうわけで、各地に散らばったあとでも「あくどいことをする人たち」という印象をもたれてしまいます。

そのため長い間差別や弾圧を受け続け、ついにはナチスドイツのユダヤ人虐殺(ホロコースト)につながっていきました。

しかし第二次世界大戦後、「シオンの丘のあるイスラエルの地にふたたび集まってユダヤ人の国を作ろうではないか」という活動が実を結び、今のイスラエルという国ができました。

第1次~第4次中東戦争が、そのイスラエルの国境線を決めるための戦争だったといえそうです。

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アラブ(つまりイスラム教)の国ばかりの中東のまん中にぽこっとユダヤの国があるのはだいたいこんな感じのいきさつでいいんかな?

イスラエルの地には、ユダヤ人が来るまではアラブ人が住んでいたので、その人たちは周辺国に追いやられたり、パレスチナ自治区に閉じ込められて迫害されたりしてきたようです。

つまり「イスラエル=アラブの敵」ということで、イスラエルの入国スタンプがあると入れないアラブの国があるというのはこういう事情からです。