関サバをいただく

今日は大分県の別府に来ています。

大分といえば、関サバ!

サバは足がはやい(早くいたむ)らしいので、おつくりはなかなか見かけへんけど、産地の近くでならよく食べられていると聞きました。

まえまえから一度食べてみたかったけど、品切れだったりぎりぎりで機会を逃してきたので、今回はちょっと本気を出しました。

PB060059

サバ1本なら7500円のところが、1人前だけなら1890円!これそんなにすんの!?

練りわさびにショウガにネギに、さらにわさびの根っことおろし金までセットになってて、なんぼほど薬味が必要やねん!

わさびをすりつつ、じっくりいただきます。

・・・この味は・・・ハマチだ!

議論は得意になるべき?

日本人は議論が苦手なので、もっと練習して得意になるべきだ。

みたいな話をたまに聞きます。こういう「向こうのやり方を習え」系のもの言いに対してはいつも本能的に「それってほんまにいいことなん?」と反発してしまいます。

なんでそう思うのかもやもやしていたので整理してみると・・・

・・・

たとえば、筋肉を鍛えることはいいことだとされています。

じゃあなんで人間は筋肉ムキムキ状態で生まれてこないのか?それの方が絶対的にいいんだったら、そういう生き物になるよう進化しててもおかしくないです。

でもそうなっていないのは、たぶん筋肉ムキムキだと燃費が悪くなるから。全部の車が4WDでないのと同じ理由です。

それでも筋肉を鍛えることがよしとされているのは、今が栄養不足の環境でないという特定の条件下にあるから。普遍的なことではないです。

あと、アメリカの人たちが銃を持つことを正当化するのも、銃を持って襲ってくる人がいるからという特定の条件下だから。そうでないところには、ないにこしたことはない。

それと同じ感じで、議論が得意であれということも、まわりが「通せるだけのわがままを通す」ということをしてくるからという特定の条件下でだけ好ましいことなんちゃうかなあ。

・・・

今は確かにその「特定の条件下」なのかもしれません。

で、なんで反発してしまうかというと、単に「これまでサボっていた人種」呼ばわりされたくないからってことみたいです。

別府ゲストハウス

11月は金曜日にシステム移行が連続するので、遠出できない土日が続きます。おでかけにいい季節やのになあ。

で、唯一大丈夫そうなのが今週末。

徳山港からフェリーで大分に渡るって、まだやったことなかったなー。

ということで、さっそく予約。別府に行きます!

で、泊まるところを探していると・・・

1泊1500円て!?

なんかおもしろそうな予感がするので、ここにします。

今を幕末に見立てるならば

龍馬伝を毎週楽しく見ていたけれど、もうすぐ終わりそうです><

今の情勢を幕末に見立てて、「今の日本も洗濯してほしい」
なんていう声もちらほら聞かれるんやけど・・・

明治維新って、既得権益という生まれながらのシード権を
武士が持っていた階級社会から、身分制度をなくしていく
という話でもあるわけです。

それを今に当てはめてみたら、生まれながらのシード権を
持っているのは先進国の人で、それに翻弄されるのが
途上国の人ということになるんじゃないかな?と
ふと思いました。

だから龍馬伝の話の中でいえば、今の日本人ってみんな
幕府の側の人間で、台頭する途上国の龍馬に手を焼いている
状況なんちゃうかなーって。
だから「今の日本も洗濯してほしい」なんていわなくても、
今がまさにその洗濯され中なのかもしれません。

とすると、徳川幕府の人は当時いったい何ができたんやろ?

最強の習慣づけ

おもらしをしないってことは、けっこうすごいことなんじゃ
ないかと最近思いました。

運転中眠くてハンドルを切り損ねたという話は聞かなくも
ないけど、運転中眠くて失禁したという話は聞いたことが
ないです。

四六時中、それこそ眠っていても意識が行っているってことに
なるけど、これってその気になれば、ほかのことでも
そのぐらいの強力な習慣づけができるってことなんかな?

たとえば右手にボールを握っていて、絶対に離してはいけないと。

もし離してしまったら体に電流が流れるようなしかけにしておくと、
眠ってても離さないようになるんかな?

たとえば単純作業の内職をしていて、絶対にやめてはいけないと。

もしやめてしまったら体に電流が流れるようなしかけにしておくと、
眠ってても内職を続けられるようになるんかな?

たとえば受験勉強をしていて、絶対に続けなければいけないと。

もしやめてしまったら体に電流が流れるようなしかけにしておくと、
眠ってても勉強を続けられるようになるんかな?

おもらししない君にならきっとできる!