ラジオキャスターの悲哀

2月の3連休は世界遺産の白川郷へ行こうという計画が進んでいたのですが、予約がとれずに韓国になりそうという話が。

このフットワークの軽さなら、本当に今年インド行きが実現してしまうかも・・・

フィリピン旅行記第17夜。
たぶんあと2回です。

・・・

ポールさんがラジオのキャスターをしてはったときのお話です。

ペプシ騒動

ペプシのキャンペーンCMを担当したのは1991年。

それはボトルのキャップの裏に番号が書いてあって、その番号が当たりになれば景品がもらえるというものでした。

ところが生産ラインのミスで、当たり番号となる349番を大量に作ってしまっていて、そこらじゅう当たりだらけ。ペプシは多大な損害を被ることになりました。

「その問題が起こったときにはすでにペプシから広告料はもらっていたので、私自身は特に損をせずにすんだんですけれど。」

ポールさんはコカコーラが好きなのだそうです。

ラジオの仕事を失う

ペプシ騒動と同じ年、番組で軍部の汚職を告発する報道をしていました。

するとある日軍の人がやってきて、何も言わずに受け取ってほしいと無地の封筒を差し出されました。

そんなものは受け取れないと断ると、後日前より格上の軍人がさらに分厚い封筒を持ってやってきました。

それも断ると、最後には軍のトップの人間が最も分厚い封筒を持って現れ、それをはねつけた2日後、ラジオ局から解雇を言い渡されました。

「本当にあのときは泣きました。あの封筒の中身がなんだったのかは今でもわかりません。もし受け取っていたら、今ごろは日本で悠々と暮らしていたかもしれませんね。」

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