脳語

もし言葉を知らなかったら、ものを考えることは
できないのか?

これ小さいころから疑問に思ってました。

「熱い」という言葉を知らなくても、温度の高さを
認識することはできるやろし、それよりワンクッション
複雑な「燃えている木を見て逃げる」というような行動も
言葉がなくたってできそうです。

そんなときって、自分なら「あ、逃げな!」と初めから
日本語で考えているように思ってたけど、その前に
翻訳前の「脳語」みたいなのが実は存在してるんじゃ
ないかと今は思っています。

・・・

頭の中の状態そのものを脳語とするなら、
その人が話したり文章を書いたりしたときに、その
何パーセントぐらいの情報が出てきてるんかな?

というのもことあるごとに疑問に思っていました。

たとえば日本語から英語への訳だったら、情報量は
1対1の関係に近くできると思うけど、
脳語から日本語への訳は、そんなものではなくて
投影に近いんじゃないかと感じています。

脳語を立体的なものだとすると、日本語はそれに光を
一方向から当ててできた影みたいな。

情報量からいうと次元が1つ落ちる感じ。
影に体積はないので、元の何パーセントかというと
0%としか言えないような。

・・・

不思議なことに、自分の中の脳語も日本語に投影しないと
自分からもよく見えません。

この日記もたぶん投影の1つなわけやけど、その元になった
脳語も今回初めて存在に気がつきました。

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