「わからないことがあれば聞いてください」の罠

初めて関わる分野の仕事があったとき、おおざっぱな説明だけがあって、あとは「わからないことがあれば聞いてください」ですまされてしまう場面をよく見かけます。

これがくせもの。

最初の説明のおおざっぱさによっては、漠然としたわからなさだけが残って、何を聞いていいのかもわからない状態になることがあります。

それは誰も知らない未知の領域に立ち向かっているというような立派なものではなくて、単に伝えないといけないことが伝わっていないというだけの話。

これは自分も経験があるし、日ごろこれで困っているという話も今日同期の子から聞きました。

説明をしている人は「漠然としたわからなさ」なんてこの世に存在しないと思っているふうなので、情報不足であとあとトラブルを起こしてしまっても「質問しないのが悪い」という態度になってしまったりするわけです。

「漠然としたわからなさ」がこの世に存在するんだということがわかるたとえ話はないもんやろか?

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外国のことをまったく知らない人が「海外旅行で準備せなあかんことを洗い出してください」と言われた場面が例として使えるかな?

ネットなどの外部の情報源はなくて、細かい質問には指示者に一問一答で答えてもらえるけど、「どんな準備がいりますか?」みたいな広い質問には答えてもらえないというような場合。

向こうがどういうところかわからないので、何に向けて対策をすればいいのかという方向性がまずわからないはずです。

たとえば変圧器を荷物リストに入れようと思ったら、日本とは電圧のちがう国があって、変圧器という機器が存在するという情報がないと思いつきません。

想像力を働かせれば「行き先は日本と電圧が同じですか?」という質問が出せて、そこから努力で導き出せるじゃないかといわれるかもしれないけど、まったく情報がない状態では、その想像と同じレベルに数限りない「はずれ想像」が存在します。

「階段の段差が2mぐらいあるかもしれないので、はしごがいるんじゃないか?」とか、「空気の組成がちがうかもしれないので、酸素マスクがいるんじゃないか?」とか、「地面が粘着質で靴が脱げるかもしれないので、靴用のベルトがいるんじゃないか?」とか。

仮にも持ち物ですらない予防接種にまで気が回った人は、桁ちがいの数のはずれをすでにつかんでいると思うし、そこまで思いつく人でも思いついた分だけで十分だという確証までは持てないはずです。

つまり、手間は莫大にかかるし、その作業がどのぐらいで終わるかの見通しも立てられない。

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時間の関係で何かをおおざっぱにしか説明できないときは、「これ以上向こうはない」という外枠を最低でもおさえて伝えんとあかんのかな。

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