司法試験ってむずかしい試験やのに、何年もその勉強を続けている人ってすごいなあって今日改めて思うことがありました。
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どうやったらそのモチベーションを維持できるんかなってまえまえから不思議に思っていました。
たとえばお医者さんだったら、がんばった分だけよろこんでくれる人こそいるけれど、困る人はいない仕事だと思います。
でも弁護士や検事って、がんばった分だけみんなが幸せになるという仕事ではないです。
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いいことをした人にはいいことがあって、悪いことをした人には悪いことが起こるようになっていてほしいというのは、地域・世代問わず人が持っている自然な願いだと思います。
だからこそ、叱ったりほめたりという行為があったりするし、たぶんいじめもそういう心が元になっているんじゃないかとも思っています。
この役目を神様が一手に引き受けてくれているのならいいけれど、いそがしくてなかなかそうもなっていないようなので、しかたなく人間の手で実現しようとしてできたのが警察や裁判のしくみです。
だからこのしくみの目指すところはとても大事。
でも今のしくみで神様のような結果を残そうと思ったら、ひとりの検事や弁護士が圧倒的な力を発揮したのではだめです。
かといってしくみ上、相手と協調することもできない。
自分が正しく勝ったり負けたりすることで理想が実現できるという立ち位置で仕事を続けないといけないので、つらくなったときに「このままでいいんだろうか」と気持ちがゆらいでしまいそう。
本来の理想を見失って私利私欲のために仕事をしている人が仮にいても、誰もそのことに対して文句をいう権利はないような気がします。
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