天国のインフラ

今日は親戚で集まって、なくなったおじいちゃんやおばあちゃんの話をしていました。うちらええ孫やで~。

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今生きている人の中に、死に直面したことのある人はいても、死んだことのある人はいないので、誰も死そのもののことを知らない。

誰も知らないので、証言者のいる「死の近く」にある苦しみから類推して死を考えるしかなくて、実際はどうか知らないのに死にゆくことにネガティブな印象を持ちがちです。

ネガティブな印象が行き過ぎると生きること自身にも暗い影を落とすし、不老不死願望や無限の人口増加をよしとする不自然さも生みます。

年に1回、なくなった人のことをこうして思い出す習慣があるということは、自分が死んでも年に1回は思い出してもらえるわけなので、お盆って死のネガティブイメージを和らげる意味合いもあるのかもしれません。

バリ島ではお葬式をお祝いみたいにすると聞いたことがあるけど、それが天国のインフラの究極の姿やね。

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死に対してあまりにポジティブな印象が行き過ぎると殺人や自殺が正当化されてしまうけれど、知らないだけで本当にポジティブなものならそれもありなのかも。

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