ブータンのときのガイドさん(クサナギくん)がおすすめ
していたので、セブン・イヤーズ・イン・チベットのDVDを
借りて見てみました。
(ブータンはチベット仏教の国です。)
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途中チベット人の女の人が、オーストリア人の登山家の
主人公に向かって
「西洋ではあらゆる意味で頂点を極める人が英雄ですが、
私たちの理想は自我を捨てること。目立つことが
重要ではないの。」
と語る場面がありました。
どちらがいいとか悪いとかじゃなく、これは重要な
ポイントやね~。
そしてダライラマ少年が、故郷の人が殺される夢を見て
悲しむ場面と。
・・・
「自我を捨てる」は聞き慣れていて、すんなり耳に
入ってくる言葉やけど、よく考えると聞き捨てならない
表現です。
「わがままを言わない」みたいな意味だとも思われそうやけど、
「頂点を極める」と対比しているということはもっと重い
言葉のはずです。生死を超越するぐらいの意味の。
そのぐらいの重さで自我を捨てることを理想とする人たちなら、
自分だけでなく人が殺されることにも平気でいられなければ
いけないんじゃないかと思うんですが、そうではないところを
見ると、また「自我を捨てる」の意味がわからなくなってきます。
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このDVDをブータン前に見ていたら、クサナギくんに
聞いてみたかった!
いや、今度チベットに行くことがあったら、チベットの人に
聞いてみよう。お坊さんはいそがしいかな。
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