戦争反対とは思えないわけ

戦争はどこでも起こってほしくないです。

そう思ってはいるけれど、戦争反対という意見をはっきり持てているわけではないです。

それは、戦争が必要悪だと思っているからではないです。

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地震にあうのはいや。エボラ出血熱にかかるのはいや。

そう思っていても、誰も「地震反対!」とか「エボラ出血熱反対!」とは言いません。

それは言ってもどうしようもないと思っているからです。つまり、

「戦争反対!」

だと言うのは、言えばどうにかなるものだという思いがあるからだと思います。

どうにかなるという認識は、正しいのかもしれないけれど、今のところ自分にはよくわからない。

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戦争は起こるメカニズムが複雑でしかも隠蔽されているので、本当はどうにもならないことかもしれないけれど、なんとかなりそうに見えているだけかもしれない。

「話し合いでなんとか解決すればいいのに」というのは、100階建てのビルの屋上から落ちた人に、「雨傘を開いたらいいのに」と言っているようなものかもしれない。

なんとかなることかもしれないけれど、人類全員に円周率1万桁を覚えるぐらいの無理強いが必要なことかもしれない。

戦争反対と各地で長らく言われながら今でもなくならないのは、裏にそういう構造上の力学が存在するからのような気がするのです。

もしそうだとすると、HDD障害とかと同じで、ある周期で必ず発生するものだと受け入れるしかないです。

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でも実際どうなんやろ?

1つのグッドアイデアでぱたっとなくなってしまうこともありえなくはない気もします。

できることならそうあってほしいです。

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