人間扱いの境目

昨日ふとシーシェパードの名前を出したけれど、それについて思うこと。

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奴隷貿易時代、アフリカ(主にサハラ砂漠以南)の人たちは、西洋の人たちから家畜と同じような扱いを受けてきました。

その当時の西洋の常識的な価値観では、

(家畜扱いしてはいけないもの)
西洋の人

(家畜扱いしてもよいもの)
アフリカの人・人間以外の動物

という線引きになっていたのでしょう。

この時代に奴隷制反対を叫んでも、「何言ってんのこの人?」という雰囲気だったんだと思います。

そして21世紀。だいたいの国連加盟国の法律下では、

(家畜扱いしてはいけないもの)
人間

(家畜扱いしてもよいもの)
人間以外の動物

たぶんこのような線引きになっているのだと思います。

この境界線をどこに持ってくるのがいいかについて、合理的な説明はたぶんできないんだと思います。

人間を奴隷扱いすることに対して、
「ま、そんなもんだ。」と思う人もあれば、「断じてありえない。」と思う人もあったでしょう。

牛を殺して食べることに対して、
「ま、そんなもんだ。」と思う人もあれば、「断じてありえない。」と思う人もいるでしょう。

判断する決定打がないので、時代によって「多くの人が納得する意見」が移り変わるんだと思います。

そういうわけなので、

(家畜扱いしてはいけないもの)
ある程度以上知能のある動物

(家畜扱いしてもよいもの)
それ以外の動物

こんな意見が出てくるのももちろん自然なことで、そういう意見を持った人が、「家畜扱いしてはいけないもの」を家畜扱いする人に対して強硬な態度に出るのもごく自然なことだと思うわけです。

かつて奴隷制に反対した人のように。

賛成でも反対でもないけれど、「あんなことをする人の気が知れない」とは思えないのです。

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