おととしの無人島生活のとき、空腹すぎて一日中食べることしか考えていませんでした。
そのときのメインのタンパク源は、マツバガイとカメノテ。魚を突くのは、自分では1回も成功しませんでした。
先週行った九州国立博物館に、石器時代のあわびおこし(岩から貝をはがす道具)があって、やっぱり先輩もこれ使ってたんやーと親近感を覚えました。
当時の人は、それに加えて投網とかも使っていたみたいで、どっからそんな無茶な発想が出てきたんやと、当時の天才の頭の良さに敬服してしまいました。
たぶん発明当時、まわりの人もびっくりしていたと思います。
で、そのあとの縄文時代。
無人島視点で見ると、想像もつかないハイテク文明。土から器を作ろうとか、そこまでやるか!っていう感じです。
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ここでよくわからないのが、やっぱりそのデザイン。
理にかなわない形になっていること自体は、まあそんなのを作ることもあるかなって思うけど、不思議なのはできた順番。
まず理にかなった最低限のものが出てきて、そのあと余裕がでてきて神事的な装飾をつけたというのならわかるけど、縄文でいきなり思い切ったデザインのが出てくる。しかも縄文にはそれしかない。
これ、どういうこと?
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縄文式土器には煮炊きをした跡があるようやし、木の器とかだと火にかけられないので、土器は煮炊きの必需品ではあったんだと思います。
「必需品であった」イコール「土器ができるまで煮炊きという調理法がなかった」ということになると思うので、煮炊きをしたことがないのに、煮炊きをするための器を作りたくなるなんて不自然です。
ということは、もともとは器は別の用途で作られて、それが煮炊きに転用されたと考えるのが自然なんかな?
もとの用途が何であれ、しょっぱなに煮炊き向きじゃないデザインでできてきたのはこれで説明がつきそう。
ではなんで煮炊き専用土器がすぐに出てこなかったのか?
ここは完全に想像になるけど、「煮炊き料理」ってそこまで人を夢中にさせる料理じゃなかったんじゃないかな?おいしいのはおいしいけど、それ相応以上にめんどくさいと思われていたとか。
もともと温泉があったのなら温泉卵を作ってもいいけど、温泉卵のためにわざわざ温泉を掘るなんてことはしないように、煮炊きのためにわざわざ土器を作るなんて!みたいな感じだったとか。
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先週の爆問学問に刺激されてしまいました。毎週わくわくしながら見ています。
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