日本人は議論が苦手なので、もっと練習して得意になるべきだ。
みたいな話をたまに聞きます。こういう「向こうのやり方を習え」系のもの言いに対してはいつも本能的に「それってほんまにいいことなん?」と反発してしまいます。
なんでそう思うのかもやもやしていたので整理してみると・・・
・・・
たとえば、筋肉を鍛えることはいいことだとされています。
じゃあなんで人間は筋肉ムキムキ状態で生まれてこないのか?それの方が絶対的にいいんだったら、そういう生き物になるよう進化しててもおかしくないです。
でもそうなっていないのは、たぶん筋肉ムキムキだと燃費が悪くなるから。全部の車が4WDでないのと同じ理由です。
それでも筋肉を鍛えることがよしとされているのは、今が栄養不足の環境でないという特定の条件下にあるから。普遍的なことではないです。
あと、アメリカの人たちが銃を持つことを正当化するのも、銃を持って襲ってくる人がいるからという特定の条件下だから。そうでないところには、ないにこしたことはない。
それと同じ感じで、議論が得意であれということも、まわりが「通せるだけのわがままを通す」ということをしてくるからという特定の条件下でだけ好ましいことなんちゃうかなあ。
・・・
今は確かにその「特定の条件下」なのかもしれません。
で、なんで反発してしまうかというと、単に「これまでサボっていた人種」呼ばわりされたくないからってことみたいです。
コメント