プライドの正体?

一部のことを知るだけで、ほかの部分を想像で補完するという特性が人間の脳にはあります。

その補完部分は、ときには常識的判断と呼ばれたり、ときには偏見と呼ばれるものだったりもします。

ふと思ったのは、プライドというのは、その補完機能と関係してるんちゃうかなということ。

たとえば「血筋がいい」ということにプライドを持っている人がいたとします。

そのプライドの正体って、「『血筋がいいのだから、ほかのいろいろなこともいいだろう』と判断してもらえるという安心感」ではないかという気がします。

つまり、「プライドが高い」ということは、「ほかの人の補完機能への依存体質」とも言えるんじゃないかと思うんです。

だからプライドが高い人は、ほかの依存体質の人と同じように、思ったように補完してくれない人に対して怒りをぶつけたりするんちゃうかな。

「プライドを持って背筋を正して生きる」というのも、ちょっとしたミスで全部が悪いと思われる可能性があるからがんばるということで、やっぱり補完機能と関係してそう。

身のまわりの人が、「知っていることしかわからない」と冷静に判断できる人ばかりだったら、そもそも自分の中のプライドというものは存在しなくなったりしいへんかな?

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