作者は自分より頭のいい登場人物を描けるか?

何か物語を作ろうとしたときに、作者は自分以上に頭のいい登場人物って描けるもんかな?とふと思いました。

IQ200とか、なんとか大学を主席で卒業とか、そういうラベルを貼ってしまえば簡単やけど、そうではなくせりふだけで頭のよさを表現したいわけです。

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そもそも「頭がいい」ってどういうこと?「この人頭いいなあ」と思うことはよくあるけれど、それってどんなときなんやろ?

まず、知識がたくさんあるということは、自分の中では「頭がいい」にはなりません。

見聞きしたことをうのみにするだけでも知識は増えるし、その場合「考える」という行為が伴わないからだと思います。

つまり、考えるということをちゃんとやっていることが「頭がいい」の評価基準になっていそうです。

では考えるとはどういうことか?

これは前にいろいろ考えたんやけど、結局のところ、頭の中にある無数の事柄同士にリンクを張る行為だと言ってしまってもいいんじゃないかと思うんです。

誰かのことを「頭がいい」と思うときって、「このことからあのことをつなげて考えられるなんてすごい」ということだったりします。

だから自分は、1つの事柄から張られたリンクの多さで「頭のよさ」をはかっていそうです。

このリンクは、コロンブスの卵と同じで、人から教えられるとすぐに自分のものになるので、「登場人物のせりふとしてリンクを描く」=「自分にもそのリンクがある」ということになります。

それだと登場人物は自分以上に「頭がいい」ようにはできません。

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よくよく考えてみると、自分はリンクの数の多さを評価しているというよりも、リンクを張る速度を評価していることに気がつきました。

リンクが多い→リンクを張る速度も速いだろう→頭がいい

という流れです。

これだとすると、自分が1日がかりで張った10本のリンクを一瞬で張れたかのようなせりふをしゃべらせれば、自分より頭のいい登場人物ができあがりそうです。

追記 2013-07-12

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