しゃべると原形をとどめなくなる思い

どうしてみんな、ぼくの旅のことを、そっとしておいてくれないんだろう。むりに語らせられると、ぺらぺらしゃべったが最後、ばらばらになって消えてしまうんだ、それでおしまいさ。旅のことを思い出したくても、自分のしゃべった声しか聞こえなくなっちまう - スナフキン

ムーミン谷の名言botのこのツイートを見て、思わず
リツイートしてしまいました。

これ、旅行でなく、映画を見たり本を読んだりしたあとに
同じようなことを思ってしまいます。

うちの実家は特殊なんかもわからへんけど、居間でドラマとか
映画を見たりしたあと、その内容について話すことってまず
ないです。ふつうの話はふつうにするのに。

映画監督が「この映画を見て、このテーマについて会話する
きっかけになってくれれば」なんて言っていたとしても、
うちに関して言えばそれは実現しません。

自分自身もスナフキンのように思うふしがあるし、ほかの
家族もそうだろうと思うので話題をふることもしない。

旅行に関して言えば、意図的にその逆をやっています。
文字通り「しゃべる」わけじゃないけど、まめにアウトプット
しようとはしています。

何年も前に書いた旅行メモを見返して、記憶のかなりの部分が
消えてしまうということを身をもって知っているので。

「自分のしゃべった声しか聞こえなくなっちまう」は経験上
事実に近いと思うけれど、裏返すと
「自分のしゃべった声はとりあえず自然消滅からまぬがれる」
ということでもあるので。

一度スナフキンと飲みに行きたいです。

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