誰の生活にもひそむ差別

ずっと前に「偏見はなくしようがない」ということを書いた
けれど、「自分には偏見はない」という人に対して
そんなことはありえないと実感してもらえそうな例を
ちょっと思いつきました。

今公開中の映画のうち、見るつもりのものを挙げてもらいます。
(読むつもりの新刊の本とかでもOK。)

それ以外のものをなんで見ないのかの理由を言ってもらえば、
その言葉にはまずまちがいなく偏見が含まれているはずです。
自分で現物を確かめることなく判断しているわけなので。

思うだけならまだしも、「見ない」という行動として表に
出てしまっているので、一般的にいう「差別」とやっている
ことは変わらないと思うんです。

かといって、全部を見たり読んだりできるかというと
それも無理。

世の中から偏見をなくすむずかしさは、人を全知全能に
するのと同じむずかしさなんだろうなというのは前にも
書いたことですが、その偏見を全く表に出さないように
するのにも、全知全能の力がいるということになりそうです。

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