一喜一憂

一喜一憂という言葉は、ちょっとマイナスのイメージで
使われることが多い気がします。

「一喜一憂したってしかたがない」とか。

でもこれってなんでマイナスなんやろ?

一喜しすぎることで、何か大事なことをおろそかにしたり、
一憂しすぎることで、アレルギー的な過剰防衛をしてしまったり
とか、冷静な判断がさまたげられるから・・・ということかな。

では、冷静な判断は何のためにあるのか?

それは一喜のためじゃないんかな。

では、一憂は何のためにあるのか?

それも一喜のためじゃないんかな。

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