中東袋小路の旅(14)-湾岸戦争のつめあととフェイク

この続きです。たぶん次で終わりです。
(この年末年始のクウェートの話です。)

「クウェート」というのは城塞を意味する言葉だそうで、英語だったら「フォートなんとか」、ドイツ語だったら「なんとかブルク」みたいな地名になりそうです。


大きな地図で見る その「城塞」も今では同心円状の道路網ぐらいにしか面影がなく、1990年のイラク軍侵攻時には、朝に国境を越えたイラク軍の戦車が、昼にはもうこのシティの中にまで来ていたといいます。 (リング状の道路のうち、主要なものに1stサークル・2ndサークル・・・と内側から順に名前がついていて、一般に「シティ」と呼ばれている摩天楼エリアは1stサークルの内側になります。)

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シティのはずれの海岸に、クウェートタワーという3本セットの塔が立っていました。

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そのうちの1本には展望台があって、エレベーターでのぼれます。

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中には、この塔の設備がイラク軍に破壊されたときの写真が展示されていました。特に機能のある塔ではないけれど、「クウェートのシンボルだったから」ということでターゲットにされたようです。

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海辺になにやら崩れた建物が。

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沖には、もともと何かがあったっぽい島が。

実際にこれらが湾岸戦争と関係があったのかはわからないけれど、つい関連づけて見てしまいます。

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国立博物館の敷地内。地面があちこちえぐれていました。

これも湾岸戦争と関係あるんかな・・・とアリマさんも思ったそうですが、3年前の写真ではきれいだったそうで、こうなったのはわりと最近のようです。

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郊外にあるショッピングセンターの歩道。シティの道路脇の歩道もそうやけど、やたら工事中というか適当なまま放置されたところが多くてちょっと歩きにくいです。

湾岸戦争が終わってもう20年以上。

震災から17年たった神戸の例からしても、崩れた建物がそのままなんていうのは考えにくい年月です。

ただ、今でもクウェートにはイラク大使館はないようでした。

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