この続きです。これで終わりです。
ふだん妹とは年に1~2回会うかどうかやけど、会えばいつも夜遅くまで話をしている間柄です。妹に限らず、はやし家の家族の間ではみんな「何を話していいかわからない」という感じにはならないです。
けれど、参加者名簿の母の人物評に「趣味・交友関係も基本不明」とあったように、よく話すわりに「ある程度以上は踏み込まない」という文化がうちにはあって、お互い全然知らない領域がいろいろとあります。
友人関係や、その中で妹がどう振る舞っているのかというのはこの日初めて知りました。
見事なまでに、家の中と何も変わらない。
それはこの披露宴の場であってもそうでした。ミイのまま。三谷幸喜のまま。
新婦からの手紙
お嫁に行くというのは、昔はある意味別れの儀式だったのだと思います。
でも特に妹の場合は、もともと実家から出て暮らしていたし、結婚したからといって連絡が取れなくなるわけでもないし、個人的にはこれを機に何かが変わるとはあまり思っていません。
それは妹自身も似たようなことを思っていたのかもしれません。
両親への手紙はなぜか巻物。ふつう新婦からの手紙といえば、卒業式みたいな雰囲気になるけれど、そういうのはいっさいなし。
「卒業式みたいにする」のは妹からするときれいごとの演出になってしまうのでしょう。現実はそうじゃないのでそうしなかったという単純明快な理屈だと思います。
父の気持ち
うちの父は放任主義です。
かまうのが面倒だからというのではなく、自分自身の過去の経験からあえてそうしているようです。
うちが大学院をやめると言ったときも、一度死ぬ目にあっているアフリカにもう一度行くと言ったときも、黙って認めてくれました。
妹に対してもそうだったけれど、この披露宴に関してだけは事前に「そんなの誰も喜ばない」とめずらしく口をはさんできたそうです。
今回の披露宴は、それを振り切ってのものだったようです。
前にうちではドラマや映画を見てもその内容について話すことはないと書いたけれど、
終わったあと、家族でこの披露宴のことについて話しませんでした。
気まずいからとかでは全然なくて、それがうちではふつうのことなので。
実家まで帰ると遅くなるので、この日は家族で京都駅近くのホテルに泊まりました。
(もちろん妹以外。)
父はラジオをつけながら寝るのですが、朝方たまたま「お嫁サンバ」が流れているときに、スイッチをオフにしていました。
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