アフリカの角の生え際(14)-モガディッシュの話

この続きです。

ワークショップに来ていたソマリア難民の方は5人ぐらいで、その中でも一番切れ者そうなモハメッドさんに主に話を聞きました。

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右がモハメッドさんで、左がイサさん。
(難民キャンプの服は、台湾から送られてくるそうです。)

モハメッドさんは6年前まで首都モガディッシュに住んでいましたが、エチオピア軍の侵攻のときに、こちらに逃げてきたそうです。そのときはまだ高校生。

モガディッシュに行ったことがあるという人ですら今までまったく見聞きしたことがなかったけど、住んでいたという人が目の前にいるなんて・・・

体調が万全でなかろうが、この時間は無駄にしてはいけないと思いました。

モガディッシュについて

モガディッシュは人口300万人の大都市で、アジスアベバよりも都会でした。

内戦は20年以上続いているので、モハメッドさんは物心がついたころから、まわりで人が銃で撃たれて死んでいくのを当たり前のこととして認識していました。

それでもやっぱり知人が撃たれて運ばれていくのを見るのはショックだったといいます。

とにかく「未来の予定を立てることがむずかしい場所」という表現をされていました。

海賊について

ソマリア沖といえば、今では海賊が出ることで有名です。そのいきさつはこんな感じ。

ソマリア沖では、けっこうたくさん魚がとれます。

本来なら、ソマリアの領海内では外国船が漁をしてはいけないけれど、内戦で無政府状態になったせいで海上を誰も警備しなくなくなったので、イエメンやインドの大型漁船が不法に入ってきて漁をするようになりました。

怒ったソマリアの漁師さんが、海上警備の代わりにその外国漁船を襲うようになったのが、海賊の始まり。

「なんだか最近あいつビルを建てたり車を買ったり、羽振りがいいな。」
「どうやら海賊をしてるらしいぜ。」

と、けっこうお金になることがうわさになって、漁師じゃない人たちからも海賊に転向することも最近は多くなってきました。

ソマリアの話はもうちょっと続きます。

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