こんなに名の知れた人なのに、記念館とかはあまり交通の便のよくない場所にありました。
さらに平日だったせいか、人はほとんどいませんでした。
宮沢賢治といえばクラムボン。
やまなしのフランス語訳が出たとき、クラムボンは「蛙」と訳されたのだそうです。
宮沢賢治本人が訳したわけではないので、単にそう解釈した人がいたというだけの話やけど、クラムボンをクラムボンのままにはできひんかったんやね。
あと、宮沢賢治がエスペラント語で詩を書いていたという話。
誰もネイティブの感性を持っていない人工言語で詩を書くっていうのは、C言語で詩を書くみたいな前衛的なこころみのつもりやったんやろか?

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