中学校の技術の時間のとき、どういう流れでか映画を見ることになりました。
それがミヒャエルエンデ原作の「モモ」。
高校のとき、何の時間だったか覚えていないけれど、講堂で映画を見ることになりました。
それが「レナードの朝」。
今から思うと、教育者として何らかの思いがあってそういう映画を上映したんやと思うけど、それはいったい何やったんやろ?
同和教育的なものなら学校でやる理由もわかりやすいけれど、片やSF?で片や脳科学?
でもなんとなくやけど、教育効果うんぬんとかじゃなくて、その人が一番好きな映画を上映して、好きな気持ちを共感してほしかったということだったんかも。
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