- 日記さん バルカン半島と歩き方(1)-上海トランジット
- 日記さん バルカン半島と歩き方(2)-ソフィアに出る
- 日記さん バルカン半島と歩き方(3)-ブルガリアの食べ物
- 日記さん バルカン半島と歩き方(4)-ソフィアの町
- 日記さん バルカン半島と歩き方(5)-パラダイスセンター
- 日記さん バルカン半島と歩き方(6)-ソフィアのあとは
- 日記さん バルカン半島と歩き方(7)-ブルガリア・マケドニア国境
- 日記さん バルカン半島と歩き方(8)-スコピエの宿・前編
- 日記さん バルカン半島と歩き方(9)-スコピエの宿・中編
- 日記さん バルカン半島と歩き方(10)-スコピエの宿・後編
- 日記さん バルカン半島と歩き方(11)-全体行程を考え始める
- 日記さん バルカン半島と歩き方(12)-スコピエの町
- 日記さん バルカン半島と歩き方(13)-マケドニア・コソボ国境
- 日記さん バルカン半島と歩き方(14)-帰るルート
- 日記さん バルカン半島と歩き方(15)-クレジットカード停止
- 日記さん バルカン半島と歩き方(16)-プリシュティナめぐり
- 日記さん バルカン半島と歩き方(17)-コソボ・アルバニア国境
- 日記さん バルカン半島と歩き方(18)-ティラナ散歩
- 日記さん バルカン半島と歩き方(19)-信号の立場
この続きです。
2015.12.30(水) 旅行6日目 アルバニア初日
基本は読めない言葉(アルバニア語?)で説明が書かれていて、ところどころ英語が併記されているものもあります。
そんな中、マザーテレサの展示の近くに、日本語で書かれた展示がありました。
広島の被爆敷石。
これを国立の博物館が平和のシンボルとして扱うということは、アルバニアという国はアメリカより日本寄りってことなんかな。
アルバニア系の人の多いコソボはNATO(つまりはアメリカ)の加勢で独立できたので、かなり親米らしい。
このへんの温度感ってよくわからないです。
そういえば、ティラナの町をを歩いていると、
「ジャポーニャ、ナカタ!」
とおっちゃんから声をかけられました。
今回の旅で、初めて地元の人からノーヒントで日本人だと当てられました。

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