役目のなくなる日

システムの構成を考えたりするのは楽しい。

やりたいことにシャキーンとはまるうまい組み合わせが
見つかったときの気持ちよさは、北島康介2人分ぐらいです。

でもこれが未来永劫に楽しくありつづけるものではないような
気がしています。

小学校のころ、ちょっと難しい算数の文章題が解けたとき、
こんな芸術的な方法はありえへんなあと自分でも感心したり
しました。

ところが中学で方程式をならうと、その方法でも解けてしまう。

ウルトラCが思いつかなくても、機械的な作業だけでゴールに
着いてしまうのです。

ちょうどエベレストの頂上に、ケーブルカーが開通したような感じ。

今でこそシステム構成は、ああでもないこうでもないと人間が
考えてるけど、よほどトリッキーなことをしない限りは、
ある決まった枠内での最善を探す作業になります。

枠が決まったときに強いのはコンピューター。
オセロで人間にほとんど勝ち目がないのと同じで、有限枠の探索は
もう人間の出る幕のない作業です。

会議で「有限枠の探索」をしているやりとりをときどき聞くけど、
きっと100年後にはこういう会議は一切なくなっているんだろうなあ。

コメント

読み込み中...