- 日記さん 2018年の中央アジア(1)-神戸-関空ベイ・シャトル
- 日記さん 2018年の中央アジア(2)-ジンエアー
- 日記さん 2018年の中央アジア(3)-ウズベキスタン入国
- 日記さん 2018年の中央アジア(4)-タシケントの町に出る
- 日記さん 2018年の中央アジア(5)-闇レート
- 日記さん 2018年の中央アジア(6)-現地通貨を手に入れる
- 日記さん 2018年の中央アジア(7)-タシケントの地下鉄
- 日記さん 2018年の中央アジア(8)-長距離鉄道
- 日記さん 2018年の中央アジア(9)-バスの観察
- 日記さん 2018年の中央アジア(10)-タシケントの次
- 日記さん 2018年の中央アジア(11)-インターネット障害
- 日記さん 2018年の中央アジア(12)-乗り合いタクシー
- 日記さん 2018年の中央アジア(13)-サマルカンド入り
- 日記さん 2018年の中央アジア(14)-Tumaris
- 日記さん 2018年の中央アジア(15)-サマルカンドめぐり
- 日記さん 2018年の中央アジア(16)-帰り方を考える
- 日記さん 2018年の中央アジア(17)-バスに乗る準備
- 日記さん 2018年の中央アジア(18)-ローカルバスデビュー
- 日記さん 2018年の中央アジア(19)-タシケントに戻るフライト
- 日記さん 2018年の中央アジア(20)-Anvar’s Guests
- 日記さん 2018年の中央アジア(21)-同室の人
- 日記さん 2018年の中央アジア(22)-レギストラーツィア
この続きです。
そして日本料理であるスシは、韓国料理店のメニューの1つとして提供されているようでした。
町を歩いていると、現地の人から「アニョハセヨ」と声をかけられることが一番多かったです。
レストランで言葉が通じないとわかると、お店の人が韓国語のわかる人を連れてきたこともありました。
地域のせいなのか、時代のせいなのか、ここでは日本の存在感はほとんどありません。

コメント