百舌鳥・古市古墳群が今年世界遺産に登録されました。
そういえば仁徳天皇陵って行ったことなかったなあ。せっかく関西に帰ってきてるんやしってことで、行ってみることにしました。
地図で見て最寄り駅に見えた三国ヶ丘で下車。
仁徳天皇陵の北東角あたりになります。

1周3km弱。「正面」って、まるじゃなくて四角い方なのか〜。
「前方後円」墳だから、なんとなくまるい方から四角い方に向かって立って見るのかと思ってました。でもそっか、それは埋められる側の視点か。

正面近くにはおしゃれげなカフェがあって、にぎわっていました。
そうなると、最寄り駅って三国ヶ丘じゃなくて百舌鳥の方ってことやったんかな。三国ヶ丘はあくまで裏手。
素朴な疑問

仁徳天皇陵って、外からだとぱっと見、ただの池と丘です。でかすぎて、上空からじゃないと全体像が見えない。
当時の外国(?)の人にこの国(大和朝廷?)のすごさを伝えるために作ったという話を聞いたことがあるけど、そのときはどんな見せ方をしてたんやろか?
ピラミッドとかとちがって、なにかひと工夫がいりそうな気がします。最初は木が生えてなくて、いかにもな人工物感があったんやろか?
あと、古墳時代の終わりについてぼんやり想像していました。
ある王様がなくなるとき、
「ちょっと自分の分はもう古墳作らんでええわ。」
っていう話になったんやと思うけど、それは
「作るんしんどいし、大きさ競争もうやめとかへん?」だったのか「中国の人に聞いたけど、最近古墳ってダサいらしくて、もっとシュッとしたやつがええんちゃう?」とかだったのか。
とにかく誰もが作るのをやめてしまったわけなので、クールビズと同じような礼儀と実用の割り切りがどこかであったんかなあ。




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