「する」と「しない」のボーダー

「なんとなく見たいけど、ビデオに撮ってまでは見ない。」

こういう行動の境目がどこにあるかが、その人の生き方を決めているような気がします。

たとえば、たぶん行動力がないとつとまらないスポーツ選手やノーベル賞学者みたいな人でも、音楽とか料理とか、探せば何か「やらないこと」が見つかるはずです。

そしてその「やらないこと」の中には、たぶん「なんとなく見たいけど、ビデオに撮ってまでは見ない。」みたいに、たいしたことのない障害を理由に「やらないこと」になっているものもあると思います。

自分の場合、その「たいしたことのない障害」をさらにぐーっと下げないと何もしなくなってしまうので、何か新しいことを始めるときにはひたすらにめんどくささをなくす努力をせなあかんわけです。

本当は、何かをやりたいと思う気持ちの方を強めることでその障害を乗り越えるっていうのが正しいやり方なんやろけどね。

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