なぜ陸路国境はさびれがちなのか?

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群馬・埼玉・茨城の三県境近くの道の駅かぞわたらせには前に何度か行ったことがあるけど、いつもにぎわっています。

そのときにふと思ったけど、外国との船の往来のある港町は栄えた町になるのに、陸路国境ってなんでだいたいひなびたところになるんだろう。外国との往来のあるところという意味では共通しているはずなのに。

例外として思いつくのは、中国・北朝鮮国境の丹東&新義州と、

ラオス・タイ国境のサバナケット&ムクダーハーンで、どちらも川が国境になっています。

港町のことも合わせると、水で仕切られると栄えて、土でつながっていると栄えない?

それでまず思ったのが、軍事的な話。戦車で簡単に攻め込まれるようなところに町を作りづらいというような。

でも市場原理からいって、便利なところだったらほうっておいても人は集まってきそう。国がどんなに規制しようとしてもスラム街ができてしまうように。

それから考えると、そもそも国境線は生活しづらいところをねらって引かれやすいということがあるんかな。

「まあそこ何も取れないところだから、分断されても文句言う人いないし」みたいに、停戦交渉のときに双方合意が得やすいとか。

コロナ施策のせいで「国境に行ったけど結局越えられなかった」となった場合に、へんぴなところに取り残されそうやなあという話でした。

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