好みのちがい

ある人がおいしいと思っているものを、別の人がおいしくないと思うことはよくあります。

激辛好きの人を見て、あれは舌がおかしいんちゃう?と思うことがあるけど、好き嫌いを判断するのに、少なくとも感覚器のフィルターというのは間にありそうです。

たとえばふつう程度に辛い物好きな2人がいたとしても、

  • 脳にはふつうの半分しか辛さ耐性がないけど、舌がふつうの半分しか辛さを伝えない人。
  • 脳はふつうの倍辛さに強いけど、舌が辛さをふつうの倍強く伝えてしまう人。

こんな感じのタイプ分けが実はありそうです。

味やにおいみたいな感覚器への刺激そのものの好き嫌いはこんな感じやとして、「この町が好き」とか「あの映画が好き」みたいに対象が込み入っている場合には、さらにもう1つフィルターがあるような気がします。

なんていうか、切り取りのフィルターみたいな。

モモを食べたらモモの味で判断するわけやけど、町なんかの場合は無限の情報の中のどこをとって最終判断に渡すかという切り取りが無意識に間に入っていそうです。

この「切り取りのフィルター」が感覚器のフィルターと決定的にちがうのは、その人の経験や力量によるというところ。

同じものを見聞きしても、切り取れる人にしか切り取れない情報があって、切り取り上手になれば込み入ったものは何でも好きになれるんかも。

相田みつをの言葉に「しあわせはいつもじぶんのこころがきめる」っていうのがあるけど、いろんな状況で自在に「しあわせをきめる」のは切り取りの実力が相当ある人にしかできない特殊技能で、「誰でもちょっとした心がけで簡単に幸せになれるんだよ」というものではないと思うわけです。

だから好きなものが多い人ってすごい。

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