だまされたと思って

何かの効果に疑いを持っている相手に、その「何か」を試してもらおうとするとき、「だまされたと思って試してみてよ」みたいな言い回しが使われることがあるけど、これまえまえから意味がわからなかったです。

だまされたと思うことは、試してみようと思う妨げにしかならないんじゃないの?仮にこの言葉に背中を押された人がいたとしたら、その人は実際だまされたと思ってみたからなん?

自分なら「だまされたとしても話のネタにはなるよ」だったらやってみるかも。

今となってはただの慣用句だとしても、最初にこの言い回しを使った人には何かそれなりの意図があったはず。

「だまされたと思って、いっぺんやってみてや。」
「いやいや、だまされたと思ったらやらんやろ!しかもやってみる前やのになんで
『だまされた』って過去形やねん。二重で意味わからんわ。まあ、やったるけど。」
「やるんかい!」

というツッコミ待ちのボケで場を和ませる展開を狙ったんかな。関西発祥説。

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