サハラ砂漠縦断回想録(9)-現実は妄想よりも奇なり

これで終わりです。

2002.01.09(水)

事故から8時間ほどたった朝の5時ごろ、昨日はずれたタイヤに腰かけてうとうとしていると、目的地のヌアクショット方面から車がやってきました。

おお!とりあえずこれで遭難の事実は知らせてもらえる!

と思ったんですが、それだけではありませんでした。

その車はこちらの車と同じくトヨタのランドクルーザーで、なんとスペアの車軸を積んでいました。しかも車軸を交換する技術を持った人も乗っていました。

まるで昨日の夜のうちに助けを呼んでいたかのような展開なんですが、誰も通信機器を持っていないことは最初に確認していたし、ましてや「助けを呼んだから安心して」みたいな話もなかったし、おそらくまったくの偶然。

レアな不運が、レアな幸運によって打ち消された・・・ということかな。まさかこういう助かり方をするなんて・・・

交換作業はてきぱきと済んで、すぐ元通り走れるようになりました。ありがとうございます!!

98750003
その後引き潮を待って渚を突っ切らないといけないところがあって、これはその引き潮待ち集落?での写真です。今見ると、よくこの車に25人も乗れたなあ・・・

ここで魚の身をほぐして乾燥させたふりかけみたいな食べ物が買えたので、それがヌアディブ出発以来最初の食事になりました。

この先バウンドするような悪路はなく、ヌアクショットにはこの日のうちに到着。

全域がスラム化しているような町で、ここのキャンピングホテルで同室になったヨーロッパの人たちとバラック建ての食堂で肉スパゲティを食べたんですが、自分も含めた全員がその後食中毒になって宿で吐いていました。

サハラ砂漠の終わり

その後しばらくいっしょに旅することになる、まささんとぶんちゃんという日本人旅行者と町で出会ったのはこの翌日のこと。ふたりは、ヌアディブからは貨物列車の空き貨車移動組でした。

ヌアディブでは、ダクラから500mlのペットボトル1本で国境を越えてきた無謀な日本人がいたといううわさを聞いていたそうです。はずかしい(>_<)

98750001
翌日3人でドイツの方の車に乗せてもらって、国境を越えてセネガルのサンルイという町に移動しました。

98750002
途中の道は貝殻入りアスファルト。

サハラ砂漠の南端がどこかははっきりしないけれど、ヌアクショットは中でセネガルは外のようなので、サハラ砂漠の縦断はこの日のどこかで終わっていました。

追記 2023-08-11

リアルタイムメモが見つかったので、詳しい情報を補足しています。

コメント

読み込み中...