中南米とアフリカのちがいを生んだもの

中南米についてのいろいろな素朴な疑問から「収奪された大地」を読んでみたわけですが、

欧米諸国に虐げられた大陸という意味では、アフリカと中南米って共通しているけれど、町の雰囲気がずいぶんちがいます。

という最初の疑問をほったらかしにしてしまっていました。

「収奪された大地」に直接の答えがあったわけではないので、現時点の知識でゆるく仮説を考えてみます。

そもそもアフリカと中南米の町の雰囲気のちがいって?

まず、ここでの「アフリカ」はいったん「サハラ砂漠以南」とします。

アラブ系含むセム族の人の多い北アフリカは、雰囲気が中東の延長みたいな感じで別地域として扱ったほうがよさそうなので。

細かいですが、サハラ砂漠の中は、モロッコ(西サハラ含む)は北アフリカ扱いで、モーリタニアは今回の「アフリカ」に含むといった感じで。

「収奪された大地」では、中南米が欧米からひどいことをされた罪状?がこれでもかと描かれているわけですが、そうはいっても現地の印象はアフリカよりはましに見えます。

アフリカでは黒人さんが大多数ですが、中南米では白人さんもけっこういてはってインディオの方とも混血が進んでいます。支配者側の民族が現地に住むことで「ひどいこと」の手がゆるんだのか、そうでなくても「町は住みよくしておこう」という力が働いてるのかなという印象はありました。

白人はなぜアフリカより中南米に住むようになったか?

「アフリカに住むか中南米に住むか」という2択だったら単純に気候と関係していそうに思いました。

中南米では、暑くなりがちな赤道付近でも標高の高いところが多くて過ごしやすいです。そして南の方はアフリカよりも高緯度地域まで陸地があって、標高に頼らない「暑くないエリア」が広いし。

アフリカも、エチオピアやケニアでは高地に首都があったりするけれど、ほかはだいたい低地。南アフリカまで行けば日本と同じぐらいの緯度になって、実際白人さんもよく見かけるようになるけれど、それでもそこが南端です。

白人さんはメラニン色素が少なくて紫外線の悪影響を受けやすいので、そういう生物学的な話も関係あったりするかも?

あと、支配者側の管理業務の分量が中南米の方が多くて人がたくさん必要だったみたいなこともあるんかな?

民族紛争の有無

「収奪された大地」では中南米でのいろんな紛争が描かれていますが、そのほとんどが「欧米 vs 現地」だったように思います。

アフリカでは民族間の不仲をベースにした「現地 vs 現地」の戦いがけっこうたくさんあって、それがアフリカを疲弊させているように見受けられるけれど(それぞれのバックに欧米がいたりしても)、そもそも中南米には民族の数が少ない気がします。

この民族の少なさは、インカ・マヤ・アステカみたいな広域の人の交流があったことで均質化された結果なんかな?

で、広域の人の交流は、分業が進んだ結果だと思うけど、分業は農業での定住が出発点だとされているので、「アフリカには中南米ほど農業に適した土地がなくて狩猟採集民が多かった」という地理的な要因が民族紛争の多さのちがいになってるってことやろか・・・?

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