近年多様性が大事と言われるようになったわけ(仮説)

そういえばなんで今は多様性が大事って言われるようになったんだっけ?

むずかしい話やけれど、あまり調べたりせず、自分の知識の範囲であれこれ仮説を考えてみました。

まず、こういう話を倫理で説明するのはあまり意味がないと思っています。倫理って、ルールの淘汰の結果にあとづけで作られるものだという認識なので。

こういう話と同じで。「倫理に基づいて多様性の大事さが導き出される」のではなく、「多様性の大事さが先に生まれてあとから倫理が再構成される」という順番のはず。

たぶん、多様性を抱えないと経済的に厳しくなるみたいな話なんやろなあ。

逆に言えば、近年になるまでは多様性を抱えなくても経済的に厳しくならなかったということ。これってやっぱりインターネットが関係してそうな気がします。

インターネットの影響

インターネット後の世界で象徴的なのは、テレビを見る人が少なくなったということ。

「同じ商品がたくさん売れる」という時代ではなくなってきたという。

たくさんの種類のものをちょっとずつ作る「小ロット多品種生産」って、買う側としてはニッチでも自分に合うものが選べてうれしいけれど、作る側からするとコストはかかるし生産計画や在庫管理がむずかしいです。

これがインターネットで消費者側のニーズが細かく取れるようになったので、売れ残りの在庫を抱えるリスクが下がってやりやすくなったはず。クラウドファンディングで受注生産すれば、売れる数だけ作るとかもできるわけやし。
(近年出てきた現物のないソフトウェアみたいなものだと、在庫という概念すらなくなるし。)

それで、かつてはたくさん売れた商品が、個別ニーズを満たす商品が売れる分だけ売れなくなります。

つまり、ものをたくさん売りたいなら、1種類をたくさん作るのではだめで、たくさんの種類を作る必要がでてきていることになります。たくさんの種類を作るのには、たくさんのアイデアが必要なので、多様な人を抱えるのがよい・・・ということかな。

まだいろいろもやっとしたところは残っているけど、今日はこのへんで。

コメント

読み込み中...