大同3日目の朝です。
中国の奈良
かつて奈良にあった都は平城京ですが、「平城」と書いて「なら」とも読みます。平らに「なら」された土地にある都だからということみたいです。奈良には今でも「平城山」と書いて「ならやま」と読む地名があります。

大同のシェアサイクルには「平城」のナンバープレートがついていました。

北魏平城。大同はかつて北魏の首都で、当時は平城と呼ばれていたそうです。


なので、古都っぽいしっとりとした町なのかと思いきや、全体的にめっちゃニュータウン風です。新興住宅地好きとしてはうれしい誤算(?)です。

そしてしっかり古都なところも。こんな立派な中華の城郭は初めて見たなあ。
もともと平城は日本の古墳時代ぐらいにモンゴル系の遊牧民族(鮮卑族)が作った都市やけど、この城郭(大同古城)は鎌倉時代ぐらいに漢民族の明(みん)がモンゴル系の遊牧民族からの防衛のために作ったものだそう。
なので、大同(山西省)と内モンゴル自治区の境界ぐらいを万里の長城が通っているそうです。
大同はモンゴル系の遊牧民族を近づけないために整備された町やけど、モンゴル系の遊牧民族の都(北魏平城)だったことを今アピールしてるのはおもしろいなあ。
明日はいよいよ万里の長城を越えてモンゴル系の遊牧民族のエリアへ。
わかる人にはわかる奈良っぽさ。

コメント