今日鳥取砂丘のパラグライダー体験を申し込みました。
5月5日の13時から。急がな!と思って、あとさき考えずに電話で申し込んでしまったけど、泊まるとことか何で行くかとか全然考えてなかった><
同じくノープランな回想シリーズ第23夜。
2001.07.05
タンザニア15日目。
ケニア国境近くのアルーシャの町です。
この日のことについては、覚えている限り書いてみようと思います。たぶんちょっと長くなります><
日本を出てからは35日目。この旅3冊目のメモ帳がなくなりそうだったので、文房具屋さんみたいなところで4冊目を買いました。
昨日は夕方にこの町に着いたので、まだ何がどこにあるのか把握できていません。
お金がおろせる銀行と、マラリアが発病してもすぐに治療ができるように病院の位置だけはちゃんと確認しとこう。
ということで、何があるかな~とうろうろしていると、恰幅のいいおっちゃんと知り合いました。
朝ごはんがまだだったので、そのおっちゃんと近くのカフェに入りました。
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おっちゃんは名前をハミシというそうです。
なんかお金持ちそう。指には指輪をいくつかはめていて、携帯電話も持っています。
化粧品会社の社長をやっていて、この周辺国をまわって安いところで仕入れて高いところで売るということをやっているそうです。
(マラウイで買ってケニアで売る?だったかその逆だったか。)
出身というか家があるのはタンザニア西部のどこかの町で、今は商売で移動中にこの町に寄っているのだといいます。
いろいろ周辺国のことを知ってはるので、この次行くつもりのモザンビークの話や、その先のスワジランドや南アフリカの話も聞きました。
もっとあとに行くかもしれない中部アフリカや西アフリカのことも教えてもらいました。
こっちの携帯って、プリペイド式で、国境を越えるたびにカードを差し替えするだけでいいのか~。などなど。
(今でこそ日本でもSIMカード式の携帯はいろいろ出てるけど、2001年当時の日本にVodafoneはまだ来てなかったです。)
今自分は病院を探しているというと、アルーシャの町を案内してくれることになりました。
アルーシャの外周道路(?)ぞいにマウントメル病院という病院がありました。
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お昼ごはんのとき、今泊まっている宿の宿代の話になりました。
ハミシさんの宿の方がちょっと安そうだということで、見にいってみることにしました。
よさそうなら明日は移ろうかなと。
(・・・あ、昨日はサファリツアーの出発が7月6日だと書いてしまったけど、これから考えると7月7日やね。この2日後。昨日の日記も一応修正。)
ハミシさんの宿では、優しそうなお母さんとその子供さんが受付をやっていました。
部屋を見せてもらったけど、ちょっと狭いかなというぐらいで問題なさそうです。
(でも、よし移ろう!と決めたという記憶はないです。なんでかな?)
夜はビリヤードに行こうと誘われました。
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そこからはいったん別行動。
ネットカフェに行きました。IEのバージョンが3だったので、日本語フォントの自動インストールが走らなくて、メールが読めませんでした。
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日が暮れてから、ビリヤード台のあるレストランみたいなところへ。
ハミシさんはビールを飲みながらビスケットを食べています。で、こちらはミルク。
ビスケットを勧められたけど、遠慮しときました。袋にはドバイ製と書かれていました。
前にいたオマーンのマスカットで見たあのバスに乗ったら行けてたところで作ってるのか~。
なおもぱくぱく食べています。
最後の1個になったところで、最後だしどうぞとまた勧められました。
まわりに人もいるし、こんなところで何かするなんてないだろうと思って、それをいただきました。
上下がクラッカーで、まん中にクリームみたいなのがはさまっている湿ったビスケットでした。
あ、これなんか酔っぱらう感じがするな・・・
と思ったのを最後に、この日の記憶は終わっています。
2001.07.06
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