実家で庭に池を掘るというので、今日はがんばって手伝いました。
やる前は、シャベルだけでがつがつと掘れるもんだと思っていたけど、そんなに甘くないです><
ときどき廃材(?)のコンクリが埋まっていたり、花崗岩がごろごろしていたりします。
クワやシャベルでは歯が立たないので、こんなときには大学のときに使っていたマイハンマーでガツンと。
まだ家にちゃんとあったのもびっくりやけど、力の入れ方とかどこを叩けば割れるかとかの感覚もちゃんと残っていたのもびっくり。
口笛の吹き方とか自転車の乗り方とかみたいに、長く時間がたっても衰えずにちゃんと残る記憶っていろいろあるもんやね。
そんな回想シリーズ第24夜。
2001.07.07
・・・
気がつくとベッドの上でした。
天井も壁も青く塗られた部屋で、ほかにもいくつかベッドが並んでいます。
「気持ち悪かったら吐きなさい。」
と誰かに言われ、差し出された金属の洗面器に吐きました。自分のベッドは血まみれでした。
気分でいえば泥酔しているような感じ。トイレに行くにも、支えがないと倒れてしまいそうです。
領事の下忠さんとドクターの宮武さんという方がはるばるダルエスサラームの日本大使館から来てくださっていました。
ここはマウントメル病院だということ。
今日が7月7日だということ。
この症状はヘロインかそのたぐいのものだということ。
そういうことを知らされました。
あと、ここに来る前にはどんなものを身につけていたのかを聞かれました。
どうやらウエストポーチとカメラがなくなっているようです。
でもなぜか腕時計だけは腕についたままでした。
・・・
この病院には、昨日運ばれてきたそうです。あの次の日。
朝吐きながら歩いていたところを、アルーシャで井戸を掘る会社に勤めている従業員の方が見つけてくれはったそうです。
その会社の社長をやってはるシンさんという韓国の方が名前を尋ねたらしくて、その答えから日本人だとわかってすぐ日本大使館に連絡をしてくれはったということでした。
(そのとき答えたのは自分の名前じゃなくて、父の名前だったそうです。だから日本大使館の方も、最初は父の名前で自分を呼ぶのでびっくりしました。)
「最近同じ手口で3人死んでいて、助かったのは林さんだけです。」
・・・
コメント