中国中原の旅(14日目)-大暴れする黄河@徐州

徐州3日目の朝です。

黄河故道

徐州の中心部を流れている川は、地図では「黄河故道」だと書かれています。

黄河って、ここから250km以上北の济南あたりを流れている川やし、

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水も全然黄河色じゃないです。

長江と黄河をつないだ京杭大運河のことかな?とも思ったんですが、

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「京杭運河」は町の北の方に別の河川として存在していました。

大暴れする黄河

じゃあこの黄河故道って何?ということで、中華AIのQwen Chatに聞いてみました。

1194年〜1855年の間、暴れた黄河が流路をこっち側に変えていたのだそうです。そんなことあるんや・・・(>_<)

そして淮河に合流。黄河の運ぶ膨大な黄土で河床が上がったせいで、淮河の上流の水が下流方向に流れられなくなって淮河は出口を失います。黄河は淮河の河道を乗っ取ってここでも大暴れ。

1855年に今の北の流路に移ってからも、淮河の元の河口は使えないままで、淮河には人工的な流路が作られて海に出られるようになったそうです。

黄河暴力的すぎるなあ・・・

黄河が南側に来たことで、このあたりの京杭大運河は機能停止。西に迂回路が作られます。そして黄河が北に移ったことで、今度は運河の北部分が機能停止。これでもうこの運河は事実上使われなくなって、物流は海運・鉄道に移行することになったそうです。

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