郑州(鄭州)4日目の朝です。これから武汉(武漢)に移動します。
郑州站のすぐ東の旧市街地っぽいあたりに殷王朝の都の史跡があります。
3600年ぐらい前に都だった町が今もしっかり都会なのは、ざっくり言えば場所として使い勝手がいいからってことなんやろなあ。空き地にしておくのはもったいないので、ほっとかれなかったというような。
西安や洛阳(洛陽)を京都や奈良にたとえると、殷王朝の都って飛鳥みたいなところだとも言えると思うけど、飛鳥は今は田園風景の村です。こちらも個人的にけっこう好きな場所やけど。
交通の要衝でもない不便な場所に都を置いた、当時の日本の事情を想像するのもなかなかおもしろいです。



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