兰州5日目の朝です。これからスタート兼ゴールの西安に戻ります。
玄奘は黄河をどうやって渡ったか
長安から河西回廊に行くためにはどこかで黄河を渡る必要がありますが、その渡河ポイントが兰州だったので、三蔵法師玄奘は天竺に向かう際にこの町を通るしかなかったようです。
中山鉄桥百年纪念碑。
もちろん当時こんな便利な橋はなく、船かもしくは厳冬期なら凍った水面を渡ったのではと言われているようです。
兰州には1泊だけして涼州(今の武威)に向かったという記録しかなく、季節も渡河手段も残っていないそうなのですが、長安出発が627年の秋で兰州までは500kmほど。
氷を渡ったら記録に残しそうな気はするけど、タイミング的には厳冬期の可能性もありそうかなあ。
軍事拠点の町
玄奘が通ったときにはすでにここは兰州という名前でしたが、その前は金城と呼ばれていたようです。鉄壁のディフェンスの城という意味みたいです。
橋のない濁流を渡るのはめっちゃこわそうなので、ここにガードの固い城壁を築いて、西方の騎馬民族から身を守る最終防衛ラインのように黄河を利用したくなる気持ちもわかります。
町の南、つまり黄河から見て長安側にある皋兰山。兰州の名前の由来になった山だそうです。
高台で黄河の向こうまで見通せるので、どうやったってここは軍事拠点の町になってしまいそうです。




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