宝くじに当たった人が不幸な人生を送ったという話とか、フィジーで出会った不労所得で世界中を旅行しているという人がそれほど幸せそうに見えなかったということから、お金って何やろかと思って考え始めた話。
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「白紙を1000枚提供します。2人で協力して全部の紙の片面に○を描いて、裏に×を描いてください。」
ということをするとします。
やり方A:2人が500枚ずつ分担して、それぞれ○も×も描く。
やり方B:1人は1000枚に○ばっかりを描いて、もう1人はその裏に×ばっかりを描く。
人間の能力の特性上、同じことをやりつづけた方が能率がいいということを聞いたことがあるので、AよりBの方が早くできると思います。
これをちょっと強引に世の中全体に広げて考えると、「誰もが何でもしなければいけない」という状態より、「誰もが何かはするけど何かはしない」という状態になっている方が全体のためにはプラスになるということになりそうです。
さてさて。
ここに人口100人の「全員がなんでもやる村」があります。
まき割りや水くみも全員が自分の分をそれぞれやります。
ごはんも全員が自分で作って自分で食べてます。
あなたがこの村の村長になったとして、村全体の能率アップのために「誰もが何かはするけど何かはしない」という状態に変えていきたいと思います。
つまりみんなに「何かをしない」ということを奨励するわけです。
かといって、誰も何もしないという状態になっても困ります。
このためには「何かを余分にしたら何かをしなくていい」という環境が整備できたらいいわけやけど、そのための道具として発明されたのがお金なんちゃうかなあと思うわけです。
つまり、全体をプラスにもっていくための分業促進ツールなんかなと。
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お金持ちになると、分業パワーで身のまわりのことを自分でしなくていいようにできます。
生活の中で自分でしない部分というのが増えると、その部分に人間としてのしなやかさがなくなってくる気がします。
前に、争いごとは自分の側が変化をしたくないと思う気持ちが元で起こってるんじゃないかということを考えたけど、しなやかさがなくなると問題解決に相手側の変化を求めるようになります。
全体的に先進国の人の方がクールで、途上国の人の方が温かいのは、お金や人口の制約で分業の徹底され方に差があることと関係があるような気がします。
・・・やっぱり洗車は自分でした方がええんかな><
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