釜山4日目の朝です。
朝鮮戦争と釜山
朝鮮戦争は、最初北朝鮮が準備万端で一気に攻めてきたので、韓国は南端のこの釜山あたりまで追い詰められました。序盤で北朝鮮がほぼ勝ち確定の状況に。
そして戦火から逃れてきた難民が押し寄せてきたので、釜山の町は人口が倍ほどになったそうです。
でももう平地には人を受け入れられる土地がなかったので、難民の人たちは山の斜面にバラックを建ててそこにスラムを形成した・・・というのがこの甘川文化村のルーツ。今はカラフルにペイントされてすっかり観光地になっています。
それで韓国はこのあたりしか場所がなくなってしまったわけなので、釜山に臨時首都が置かれました。
そのあとマッカーサーの仁川(インチョン)上陸作戦からの逆転劇があって、最終的には北緯38度線での休戦に至ります。
日本っぽいか中国っぽいか
まだ実質2日ちょっとだけの印象ですが、釜山って中国よりも断然日本っぽいです。
今の宿も臨時首都記念館も、靴を脱いで上がるんです。
人が歩きたばこやそのへんにつばを吐いたりほとんどしないし、地下鉄のホームでドアの正面に平気で立ったりもしません。せまい通路で行き違うときに「すいませんすいません」みたいになるところとかも。ごはんやさんで食べ終わって出ていくときに、ごちそうさま的なあいさつもしています。
トイレ関係では、個室は全部洋式やし、そのへんの公衆トイレでも紙は潤沢にあるし、紙を便器内に流していいし。
紙を流していいのって前からだったっけ?と思って調べてみると、
2015年あたりから推進しはじめたみたいです。
逆に中国っぽいと思ったのが公園。たとえばあずま屋を瓦屋根にするって、日本では寺院とかでないとなかなかやらないです。
でも中国でよく見かける太極拳とかダンスとかの朝活はまったく見かけませんでした。
こういうしっかり自転車道を確保するところも中国っぽいかも。
あと、知らない人にも平気で話しかけるところも中国の人っぽいです。客引きとかでなく。自分もこの2日だけで、地元のおっちゃんとかおばちゃんから話しかけられました。言葉わからなかったけれど(>_<)
全体的に日本っぽい印象が濃いのは、博多から船で来られる釜山だからなのか、離れてもずっとそうなのかは、これからじっくり見ていこうと思います。






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